第18章 ハイブリッジ騎士爵領にて 西の森と採掘場の開発

590話 サリエやオリビアとの裁縫教室

「さあて。次は何に手を打とうかな……」


 俺はリビングでくつろぎつつ、そう呟く。

 ユナや蓮華も含めた一行が、上機嫌で数日前に帰還した。

 ニルス兄や村の少女と若干の騒動があったそうだが、概ね成功らしい。


 食料を無事に送り届け、村の農業を少し改善した。

 さらに、ニルスとハンナの2人でリトルベアを倒したと報告を受けている。


 彼らの本職は農業改革担当官であり、戦闘職ではない。

 にも関わらず中級の魔物を倒せるとは、やはり加護(小)の力は侮れない。

 ミリオンズの面々に、格闘、弓、魔法などでずば抜けた技量を持つ師匠がいるしな。

 もちろん、ニルスとハンナ本人の努力もある。


「これで、新たに加護(小)を付与した者は4人になった。とりあえず、あと1人か……」



ミッション

加護(小)を新たに5人へ付与せよ。

報酬:加護(微)の開放、スキルポイント20



 加護(微)という新たなチートが気になる。

 また、スキルポイント20も魅力的だ。

 スキルポイントが関係してくるのは、通常の加護を付与済みの者と、俺自身だ。


 20ポイントがあれば、新規スキルを最大2個取得したり、スキルレベル1~3の既存スキルを1~2個強化したりできる。

 スキルレベル4の既存スキルをレベル5に上げるときの足しにもできる。


 ミリオンズの個々人単位で見れば、スキルポイント20だけでは、もはや劇的な変化というほどのものは期待できない。

 俺たちは既にかなり強いからな。


 例えば、スキルを1つも持っていない者が新たにレベル1のスキルを2つ取得すれば、それまでと比較してかなりの戦闘能力の強化となる。

 しかし、既にレベル4~5のスキルを複数所持している者が新たにレベル1のスキルを2つ取得したところで、それまでと比べて極端に強くなるわけではない。


 とはいえ、通常の加護を付与済みの者は、俺自身を含めて今や10人に達する。

 今までの傾向だと、スキルポイント20は10人全員に貰える。

 合計でスキルポイント200だ。

 ミリオンズ全体としては、かなりの強化量となる。


 今後のさらなる成り上がり、そして世界滅亡の危機に立ち向かうためにも、このミッションは早めに達成しておきたいところだ。

 あと1人の加護(小)を付与する候補者はだれになるか。


 オリビアやクルミナ。

 クリスティ、ネスター、シェリー。

 ナオン、雪月花、トミー。

 そしてジェイネフェリアとネリーあたりだ。


 この内、ナオン、雪、月、トミー、ジェイネフェリアについては、俺の配下や御用達になってから日が浅いこともあり、忠義度は30台前半にとどまる。

 冒険者ギルドの受付嬢ネリーも似たような感じだ。

 何か劇的なきっかけがあればまだしも、普通に接しているだけでは加護(小)の付与はまだ厳しそうだ。


 クルミナ、ネスター、シェリーは30台中盤なのでそれなりに狙い目かもしれない。

 しかし、それ以上に狙い目なのが、オリビア、クリスティ、花の3人である。

 基本的にはこの3人の誰かにしたいのだが……。


「……うーん」


 正直、判断がつかない。

 現時点では、どの候補が一番いいのか分からないのだ。


「……よし。ちょっと、試してみるか」


 そう呟き、俺はとある場所に向かったのだった。



●●●



「へえ。タカシさんも、裁縫に興味があるのですね」


「そうだな。サリエやオリビアがやっているのを見て興味を持ったんだ」


 ここは、屋敷の別館にある『服飾室』。

 この部屋には、簡易的なミシンや裁断機など縫製に必要な道具が一式揃っている。


「では、まずはこの布で練習してみてください」


 そう言って、サリエは綺麗に畳まれた生地を差し出してきた。


「ありがとう。ところで、この生地は?」


「それは私が織った物です。どうぞお使いください」


「おお。これは凄いな!」


 サリエが織り上げたという生地は光沢があり、とても高級感があった。

 まるでシルクのような手触りだ。


「じゃあ早速、この生地を使って簡単な上着でも作ってみるか」


 俺は、その生地を裁断機で適切にカットする。

 そして、ミシンで縫い始めた。


「ふむ。縫うだけなら意外に簡単だな。しかし……」


 俺は作業途中の上着を確認する。

 縫うことは縫えている。

 だが、不格好だし所々雑で、とても売り物にはできない出来栄えだった。


「見栄え良く縫うのは難しいな……」


「いえ、初めてにしてはとても上手だと思いますよ。ねえ? オリビア」


「はい。かなりの器用さですね。さすがは騎士爵様でございます」


「いやあ……。そんなことはないぞ。まだまだ全然ダメだ」


 謙遜ではなく本音である。

 俺は、これまであまり家事をしたことがない。

 裁縫、料理、掃除、洗濯。

 すべてやや苦手としている。


「まぁ、最初はこれだけできれば十分でしょう。最初から完璧にできる人はいないですよ」


「そうなのか……」


「はい。それに、私から言わせれば、この上着は十分立派に仕上がっています。あとは、装飾を施して完成させましょう」


「そうだな。アドバイスをよろしく頼む!」


 それから、サリエやオリビアの懇切丁寧な指導のもと、なんとか形にすることができた。


「はい。良い仕上がりです。十分に合格点ですね。袖の装飾もいい感じです」


「素晴らしい出来栄えでございます。店に並べても遜色ありません」


「……そこまで言われると、なんか照れるな……うん。確かに、俺が作ったとは思えないくらい、ちゃんとした品に見えるな」


「はい。これなら普段着にしてもいいのではありませんか? さすがに公式の場や冒険者活動の際には不適切かもしれませんが……」


 サリエがそう言う。

 お偉いさんと会う公式の場では、もっときちんとした服装がいいだろう。

 また、冒険者活動の際には、もう少し頑丈でかつ動きやすい上質な装備を着るべきだ。


 今回製作した上着は、普段着にするか、低級の魔物狩りを行うときに着るのがいいかもしれない。

 長袖なので、虫刺されの対策にもなる。


「改めて、ありがとう。サリエにオリビア。2人の助言のおかげで、良いものができた」


「いえ。私は大したことはしていません。全ては、サリエお嬢様の手柄でございます」


 オリビアがそう謙遜する。

 こうした交流でも、忠義度は微増したりするものだ。

 オリビアの忠義度も、今や30台後半。

 あともう少しなのだが、さすがに共に裁縫をしたぐらいでは条件を満たさない。


「ところで、オリビアは俺の側室入りに興味はないのか?」


 以前、オリビア本人やサリエとの間でそのような話をしたことがある。


「サリエお嬢様や騎士爵様が命じられるのであれば、私に否やは有りません。私自身、興味も有ります。ですが……」


「ですが?」


「私はお嬢様の付き人でございます。お嬢様と同じタイミングでの結婚など、恐れ多い。その話は、お嬢様との結婚式が無事に終わり、落ち着いた頃にしていただけたら幸いに存じます」


 オリビアが少し頬を赤らめながら、そう言った。

 確かに、そういう考え方もあるか。

 忠義度を稼ぐためにはオリビアも側室に迎えるのが手っ取り早いかと思ったのだが、この様子だとその方法は難しそうだ。

 少なくとも、今ではない。


「そんなこと、気にする必要はありませんのに。……と言いたいところですが、確かにオリビアの言うことにも一理あります。貴族界における風習もありますし……」


 サリエもそう同意する。


「なるほどな。わかった。オリビアとの件は、少し置いておくことにしよう。だが、何か困ったことがあったときは相談してくれ。何でも力になるぞ」


「ありがとうございます。お気持ちは嬉しいのですが、今はお仕えする事に満足しております。ご迷惑をお掛けしないよう、今後も精進いたします」


 オリビアが控えめにそう言う。

 昔からハルク男爵家に仕えていたというだけあって、一歩引いた態度が身についているな。

 少し寂しい気がしないでもないが、これはこれで彼女の美徳の1つだろう。


 さて。

 直近でオリビアに加護(小)を付与するのは難しそうだ。

 次は花やクリスティに対する検証をしてみることにしよう。

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