582話 ニルスとハンナが故郷の村に向けて出発

 季節は春。

 5月も後半に差し掛かろうとしている。

 タカシがニルスとハンナのサプライズ結婚式を執り行ってから1週間以上が経過したある日のことだ。


「おお……。これは壮観だなあ……」


 ニルスがそう呟く。

 彼の視線の先にあるものは、馬車の荷台に積み上げられた大量の食料だ。


「本当にすごい量だね……。これだけあれば、みんなも満足してくれるはず……」


「ああ。それにしても、さすがはお館様だ。奴隷である俺たちとの約束をきちんと守ってくださるだけはなく、これほどの量を用意してくださるとは……」


 ハンナとニルスがそんな会話を交わす。


「本当に立派なお方だね。奴隷になったときはどうなるかと思ったけど……。優しいし、器もとんでもなく大きい」


「ああ。そうだな。お館様にお仕えできて、俺たちは本当に幸せ者だよ」


 ハンナの言葉に同意するニルス。

 彼らが言うお館様とは、もちろんタカシのことだ。


 普段からの優しい態度、奴隷とは思えない高待遇、農業改革というやりがいのある仕事。

 購入されてからというもの、彼らからタカシに対する忠義度は徐々に上昇していた。


 さらには、サプライズ結婚式、オリハルコンのクワ、想像を超えた十分な量の食料支援など、数々の出来事が積み重なって、ニルスとハンナの心は完全にタカシのものとなっていた。


「せっかくいただいた食料だもん。無事に村まで運ばないとね」


「大丈夫だ。俺に任せろ」


「ニルスに? 何か自信があるの?」


「ああ。何だか最近、体の調子がとてもいいんだ。アイリス様に教わっている格闘術の力量も向上した気がする」


「へえ。いつ頃から?」


「あの結婚式の日に、ハンナを幸せにすると誓った頃からだな。それと同時に、生涯お館様にお仕えすると決めた日でもあるが」


「ニルスもそうなんだ。実は私もなんだよね」


 ハンナがそう言う。

 それもそのはず。

 彼らには、結婚式の後ぐらいのタイミングでタカシから加護(小)が付与されている。


 その恩恵は、基礎ステータスの2割向上。

 さらには、一部のスキルのレベルが1上昇する。


 ニルスは栽培術と格闘術、ハンナは栽培術と弓術のスキルレベルがそれぞれ1ずつ上昇した。

 栽培術はレベル3から4に。

 格闘術はレベル2から3に。

 弓術はレベル2から3になっている。


 レベル4と言えば、その道一筋のプロ級である。

 ベテラン並みの技量であり、その能力だけで十分に家族を養っていけるほどのものだ。


 レベル3は、中級だ。

 その能力だけでも、何とか食べていけるぐらいの水準となる。

 ニルスとハンナの本職は農業改革担当官であり、戦闘は専門外であることを考えると、格闘術レベル3や弓術レベル3でも十分過ぎる水準だと言えるだろう。


 基礎ステータスが2割向上していることもあり、彼らの戦闘能力は既に平均的なDランク冒険者を大きく超えていると言っても過言ではない。

 まあ、冒険者には索敵能力や判断能力も必要なので、総合的に見て彼らがDランク冒険者よりも優れているかと言えば、それはまた別の話ではあるのだが。


「よし、行くか」


「ええ。気を引き締めて行こう」


 ニルスの言葉にハンナが応じる。

 2人は、大量の食料を乗せた馬車に乗り込んだ。


 ちなみに、最初の御者はハンナが担当する。

 ニルスと交代制だ。

 そしてもちろん、同行者がいる。


「へへっ! 護衛は俺たちに任せな!」


「私たちがしっかり護衛するわよ!」


 Cランク冒険者のトミーと月がそう言う。

 今回の食料支援にあたり、護衛としてハイブリッジ家から指名依頼が出されたのだ。


「農業改革には花ちゃんもたくさん仕事したからね~。ニルスくんとハンナちゃんの故郷まで、しっかりと届けるよ~」


「……それほど危険はない道だけど、報酬は多め。割のいい仕事をもらえてラッキー……」


 花と雪がそんなことを言う。


「ふふん。ちゃんと報酬に見合った活躍に期待しているわよ」


「そうでござるな。もちろん拙者も頑張らせてもらうでござるが」


 ユナと蓮華がそう言う。

 彼女たちも、タカシに頼まれてこの食料支援の旅に同行する。


 タカシ本人は不在だ。

 彼には領主としての仕事がある。


 また、ニムもラーグの街のとどまっている。

 農業改革はひと段落したとはいえ、まだ一部の仕事は残っている。

 主導してきたニルス、ハンナ、花が抜けた穴を埋めなければならないからだ。


 ここで、この旅の同行者をまとめておこう。

 ニルスとハンナ。

 トミー、雪月花。

 ユナと蓮華。

 それに、その他の一般護衛兵が数人である。


 ずいぶんと大所帯だが、仕方ない。

 一定以上をの価値がある大量の食料を遠くの村まで運ぶのだ。

 盗賊はさほど出ないはずだが、魔物に襲われるリスクもある。

 また、近年不作に見舞われている地域へ赴くため、食い詰めた農民に狙われる可能性だってゼロとは言えない。

 だから、念のため戦力を多く用意したというわけだ。


「みんなの驚く顔が楽しみだな……」


「そうね。口減らしのために奴隷として売られたのは複雑だったけど……。仕方のないことだったし」


 ニルスとハンナがそう呟く。

 そうして、彼らは出発したのだった。

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