492話 【パリン視点】娘との再会

 タカシ=ハイブリッジ騎士爵の屋敷に招かれた翌日になった。

 あの日、彼から諸々の事情を聞くことができた。

 結論から言えば、俺が彼に抱いていた悪印象はまったくの誤解だったようだ。


 どうも、彼は平民から貴族になったばかりで、目下の者との接し方が掴めていないというようなことを言っていた。

 俺のようなしがない村人に話し過ぎではとも思ったが、それが彼のいいところでもあるのかもしれない。

 確かに、俺が突然貴族になったとして、隣に住んでいた村人などとどう接すればいいのかは想像もできないところだ。


 リンは無事で、それどころか目の治療までされて元気にこの屋敷で働いているらしい。

 物陰からこっそりと見せてもらったが、確かに幸せそうに働いていた。

 なぜこそこそと物陰から見ているかというと、彼は何やらサプライズを企画しているそうだ。

 そんなものはいいから早く正面から再会させてくれと言いたいところだったが、ぐっと堪える。

 娘の恩人にそんな無礼な言葉は吐けない。


 それにどの道翌日――つまり今日には、娘と再会の場をセッティングしてくれると言っていたしな。

 わずかな辛抱だ。

 今も、俺と妻は物陰から屋敷のリビングを覗いている。


「ご、ご主人さまぁ。お飲み物をお持ちしましたぁ」


 リンがそう言って、カップをハイブリッジ騎士爵のところまで運ぶ。

 やや気弱気なところは相変わらずだが、足取りはしっかりとしている。

 目の病はやはり本当に完治しているようだ。


「うむ。ありがとう。いつも助かっているぞ」


 ハイブリッジ騎士爵がリンの頭を撫でる。


「え、えへへ……」


 リンが嬉しそうに笑う。

 この様子なら、今後もここで幸せに働いていけそうである。

 娘の姿を見れただけでもありがたいものだ。


「二人とも。そろそろ時間です。隣の部屋へ」


 女性がそう声を掛けてくる。

 あの日、俺を力づくで捕らえた豪腕の女性兵士だ。

 後で知ったのだが、彼女はハイブリッジ騎士爵の第一夫人であるミティ殿だそうだ。


 貴族といえば、基本的には血統や統治能力が評価される。

 一方で、ごく一部ではあるが戦闘能力が評価されて叙爵される者もいる。

 ハイブリッジ騎士爵はその類だ。

 しかし、さすがに奥方殿まで高い戦闘能力を持っているのはかなり珍しいようにも思える。


「はい。承知しました」


 俺はそう返答する。

 騎士爵の奥方ということは、ミティ殿も準貴族だ。

 身分の面でも戦闘能力の面でも、俺が彼女に逆らうわけにはいかない。

 それに、そもそも逆らう意味もない。

 もうすぐでリンに会わせてもらえるのだ。


 俺と妻は、隣の部屋に向かう。

 そして、少しの間待機する。

 ドアの外から声が聞こえてきた。


「ここだ。さあ、リン。トビラを開けて入ってくれ」


「わ、わたしが先頭ですかぁ……? 何だか怖いですぅ」


「怖がることなど何もないぞ。リンにもきっと、喜んでもらえると思う」


 リンとハイブリッジ騎士爵の声だ。

 彼女は部屋の中に何が待っているのか怖がっているのだろう。

 扉がゆっくりと開いていく。


 そして、彼女がそっとこちらを覗く。

 俺と妻と、リンの視線が合った。

 彼女の目が大きく見開かれる。


「お、お母さん……?」


 彼女がこちらに向かって駆け出してくる。


「お母さん! お父さん!!」


「リン! ああ、あなた無事だったのね!?」


 妻が泣きながら娘を抱き締める。

 無事だったのは遠目から確認していたのだが、こうして間近で再会できて改めて無事を実感した。


「本当に、本当に心配していたんだよ……」


 俺はリンと妻を抱きかかえるように手を回す。


「お母さん! お父さん! ずっと、ずっと寂しかった……。ぐすっ」


「ごめんなさい。ごめんねぇ……」


「すまなかった。お父さんに力がないばかりに……。つらい思いをさせてしまった」


 俺にもっと稼ぐ力があれば、リンを奴隷として売り払うこともなかっただろう。


「ううん。だいじょうぶだよ。すっごく優しいご主人さまに会えたもん。すっごく優しいんだよ」


「そっか。ハイブリッジ騎士爵様に優しくしていただけているのね」


 妻が娘にニコッと微笑みかける。


「奴隷の娘に優しくしていただけるだけでもありがたいのに……。まさか、目の治療までしていただけているとは……。何とお礼を言えばよろしいのか……。本当に、ありがとうございます」


 俺はハイブリッジ騎士爵の方を向き、改めて頭を下げる。


「うむ。感謝の言葉は受け取っておこう。しかし、治療はこちらのサリエとアイリスの力も大きかったことは覚えておくように」


 彼がそう言う。

 決して自分だけの手柄を誇るようなことはしない。

 器の大きな人だ。

 このような聖人を一時とはいえ恨んでいたとは、勘違いも甚だしい。


「さて、リン。この後の話なんだが……」


「もちろん、ご主人さまに今後もお仕え致しますぅ」


 リンが即答する。

 我が娘ながら、見事な覚悟だ。

 このような大きな恩を受けた以上、生涯をかけて返していく必要があるだろう。

 もちろん、幼い娘ばかりに負担をかけるわけにはいかない。

 俺や妻も、合わせてハイブリッジ騎士爵に忠義を誓わせていただきたいと思っている。


「俺としても、もちろんそうしてほしい。リンの働きぶりは、上司のレインやクルミナからも好評だからな。しかし、せっかく両親と再会できたのにまた離れ離れはツライのではないか?」


「そ、それはそのぅ……。寂しいですが……」


 娘が言い淀む。

 立派な娘の態度は嬉しかったが、このように年相応に俺たちを思ってくれているのも嬉しい。

 ここは親として、俺も少しでもいいところを見せる必要がある。

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