366話 誓いの儀式

 飯屋での一件から、ソーマ騎士爵と決闘をすることになった。

街の広場まで移動し、準備を進めていく。


「タカシ様。応援しています!」

「気をつけてね。ボクもよく知らないけど、相当強い人みたいだし」


 ミティとアイリスがそう言う。

ソーマは俺と同じ騎士爵持ちで、Bランク冒険者だ。

さらに、彼のギルド貢献値は俺の2倍の1億6000万ガルである。

強いのは間違いないだろう。


「タカシさん。うまく彼の頭を冷やさせてあげてくださいまし。ファイアードラゴンの件もあるので、再起不能にはしていただきたくありませんが……」


 リーゼロッテがそう言う。

流れで決闘することになったが、確かに重傷を負わせてしまうとマズイ。

ファイアードラゴン戦での貴重な戦力が損なわれる。


「私は、いつでも治療できるように準備しておきますね。上達した治療魔法があるので、安心してください」


 サリエがそう言う。

俺の加護付与(小)による恩恵もあり、彼女の治療魔法はレベル2に達している。

今までよりも、ひと回り上の治療魔法を使えるようになった。


 モニカ、ニム、ユナ、マリアからも応援の声を受け取りつつ、俺は準備を終えた。

ソーマのほうの様子を確認する。

彼は、まだ準備中のようだ。


「ミサ。私の愛しいスウィートハニー。妻として、私の活躍を見ていておくれ」


 彼が1人の女性の手を取り、手の甲にキスをする。

この儀式の意味合いはよく知らないが、なんとなくキザな感じだな。

それにしても、このミサという女性は付き人じゃなくて妻だったようだ。


「承知しました。マイロード」


 うーん?

本当に妻なのだろうか。

ミサのほうの反応はそっけない。


 ……いや。

心なしか、顔が赤くなっているか?

関係性がよくわからんな。


「さて。戦いの前の別れは済んだか? 覚悟するがいい」


 俺はそう言って、木剣の切っ先をソーマに向ける。

だがーー。


「まあ待ちたまえよ。私の8人の妻たち全員に勝利を誓う儀式を済ませさせてくれ」


 ソーマはこちらに向かってこない。

あちら側にいる女性たちの手の甲に、先ほどと同じように順にキスをしていく。


 ええと。

1、2、3……。

先ほどのミサという女性を入れて、ちょうど8人である。

やはり、彼女も妻の1人で間違いないようだ。


 ソーマが彼の妻の手の甲にキスをしていく。

俺たちはそれを延々と眺めさせられている。

これはいったい何の時間なんだ?


「ただ待っているのも癪だな。俺も同じことをするか……」


 俺はミティに向き直り、ひざをつく。


「我が妻ミティよ。あなたは私が守り抜きます」


 俺はそう言って、ミティの手の甲にキスをする。


「わあ! タカシ様が私の騎士様ですか。すてきです!」


 ミティがハイテンションにそう言う。

どうやら喜んでくれたようだ。


 続けて、アイリス、モニカ、ニムの手の甲に順番にキスをしていく。


「わお。ボクは守られるより守りたいタイプだと思っていたけど……。こういうのも悪くないね」


 アイリスがそう言う。

守られるよりも守りたい、本気で。


「ふふ。頼りにしているよ。私の騎士様」


 モニカが顔を赤らめてそう言う。


「あ、あわわ。カッコいいです……!」


 ニムが顔を真っ赤にしてそう言う。

予想以上に喜んでくれているみたいだ。


 そう言えば、今までニムのことをあまり女性扱いしてこなかった気がする。

婚約している仲だし、ちゃんと将来の妻として適切な関係を築いていかないとな。


 さて。

ミティ、アイリス、モニカ、ニムへの誓いの儀式は終わった。

4人とも喜んでくれたし、やってよかったと言えるだろう。


 そして、そんな俺たちを見ていたユナが口を開く。


「ふふん。いいわね。なんだかロマンチックだわ」


 ユナがそう言う。


「ユナにもやろうか?」

「そうね。やってみて」


 俺はユナの前で膝をつく。


「ユナ=フェンガリオン。我が剣で、我らの道を切り開いていきましょうぞ」


 俺はそう言って彼女の手を取り、手の甲にキスをする。


「お、おおう……。これはなかなか破壊力があるわね。でも、悪くないわ。ありがとう、タカシ」


 ユナが顔を真っ赤にしてそう言う。

この騎士ごっこは、喜んでもらえたようだ。


 何だか楽しくなってきたな。

残りの皆にもしてみようか。

リーゼロッテ、マリア、サリエの3人だ。


 まずは……。

俺はリーゼロッテのもとへ向かい、目の前にひざまずく。


「リーゼロッテ=ラスターレイン様。勝利をあなたの手にもたらすことを誓いましょう」


 俺はそう言って彼女の手を取り、手の甲にキスをする。


「あ、あらあら。まあまあ。お気持ちは嬉しいですが、お父様が何とおっしゃるか……」


 リーゼロッテが顔を赤らめてそう言う。

……ちょっと女性との距離感を間違えたか?

ここまでのミティたち5人はともかく、リーゼロッテの手の甲にキスはやり過ぎたかもしれない。

俺が少し戸惑っているとき。


「タカシさん。それは、騎士から女性への求婚の儀式ですよ。婚姻済みの妻へであれば、変わらぬ愛を誓うぐらいの意味合いですが……」


 サリエがそう言う。

そ、そうだったのか。

うかつに行動しすぎた。

まさかこれが求婚の儀式だったとは。


 今からでも訂正するか?

しかし、リーゼロッテの反応は悪くなかった。

ムリに訂正する必要もないか。

俺も、彼女のことは魅力的だと思っているしな。


「えー。いいないいなー! マリアもしてよ!」


 サリエの言葉を受けて、マリアがそう騒ぎ出す。

彼女は、以前から俺と結婚するとよく言っている。

子どもの言うことだと流していたが、そろそろちゃんと向き合わないといけないかもしれない。

彼女の父バルダインや母ナスタシアも、半ば認めているわけだしな。


 俺はマリアの前で膝をつく。


「マリア=キャベンドラ=ローディアス姫。我が剣を、生涯そなたに捧げます」


 俺はそう言って彼女の手を取り、手の甲にキスをする。


「えへへ。ありがとう。タカシお兄ちゃん!」


 マリアは照れ……たりはしていないようだ。

やはりプロポーズのごっこ遊びをしたかっただけか?


 判断力が未熟な子どものうちに付け込んで婚約するのはあまり良くないことだが、かといっていつまでも子ども扱いして適当に相手をするのも良くない。

判断が非常に難しい。

今度バルダインやナスタシアとも相談してみよう。


「…………ゴホン! ちらっ。ちらっ」


 サリエが咳払いをして、何かを言いたそうな顔でこちらを見てくる。

これは、あれだろうか?

自意識過剰でなければ、あれだろう。

たぶんそうだ。


 俺はサリエ前でひざまずく。


「サリエ=ハルク嬢。我が騎士道における、生涯のパートナーとなってほしい」


 俺はそう言って彼女の手を取り、手の甲にキスをする。


「…………ふぁい」


 サリエが顔を真っ赤にしてそう言う。

ん?

普段から言葉遣いや礼儀がしっかりしている彼女にしては、めずらしく適当な返事だ。


「サリエ?」

「……はっ! わ、私としたことが、舞い上がってボーッとしてしまっていたようです。物語でも定番のシチュエーションだったので……。求婚については、父とも相談して前向きに考えさせてもらいますね」


 サリエが気を取り直して、そう言う。

彼女も、俺との婚姻を前向きに考えてくれるそうだ。


 しかし、こうなってくるとソーマを馬鹿にできないな。

ミティ、アイリス、モニカ、ニム。

ユナ、マリア、リーゼロッテ、サリエ。

全員と結婚したとして、第八夫人までいることになる。


 俺は女の子が大好きなので構わないが……。

彼女たちの気持ちが複雑になってくるかもしれない。

これ以上増やすのは控えめにしたほうが良さそうか?


 しかし、俺には29年後の世界滅亡の危機に立ち向かう使命がある。

加護を付与できるほどの忠義度を得れば、それが年頃の女性であれば基本的には愛情も同程度付いてくると考えていい。


 忠義度は50を達成したが、愛情はさほどない。

……というような状況は、あり得ないわけではないがややめずらしいだろう。


 加護を付与して世界滅亡の危機に立ち向かうためにあれこれ動いてもらうのに、結婚はしないというのもそれはそれで不義理となる。

まあ、この辺は今から考えても仕方ない。

次の加護付与の候補者が現れたときに考えよう。


 俺はミティたち8人との誓いの儀式を済ませたことになる。

用意は万全だ。


 改めて、俺はソーマのほうに視線を向ける。

あちらの準備は終わっていたようだ。

ソーマが憮然とした顔でこちらを見ている。


「き、貴様ぁ! 騎士がどうとか偉そうなことを言っておきながら、自分も女性をたくさん侍らせているではないか!」


 ソーマがそう言って怒る。


「た、確かに……」


 これはマズイぞ。

反論の余地がない。

群衆も、俺を冷たい目で見てくる。


「おいおい……。性騎士ソーマをぶちのめしてくれる騎士様が現れたと聞いたのによ……」

「こっちはこっちで女性好きじゃねえか。騎士の風上にも置けねえな」

「これほど、どっちも応援したくない決闘もめずらしい」


 群衆が口々にそう言う。

散々な言われようだ。


 お、俺は貴族だぞ!

無礼討ちにしてやろうか!

……と思ったが、そういうわけにもいかない。

そんな無法をすれば、サザリアナ王国が黙っていないだろう。


 ここはグッと堪え、ソーマとの決闘に集中することにしよう。

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