第28話 運び屋のコウノトリ



 白菜が双葉神社へと帰ってきた翌日。

 ……というか深夜。二時ぐらいだろうか?

 俺を呼ぶ声が聴こえてくるので、目を覚ました。



「ゆきちゃんゆきちゃん」

「んー? みこ?」



 こんな夜中にどうした? トイレか?



「ちょっと助けて」

「えっ?」



 目を擦って視界を安定させる。

 以前言った通り、妖怪になった俺は暗視能力を兼ね備えているので、明かりが無くとも見ることができる。

 俺がみこの方を見ると、そこには白菜の下敷きにされているみこの姿があった。



「あはは……わかったよ」



 白菜をみこの上から突き落として、ベッドの向こう側にやる。

 ……というか何で足が枕元に来てるんだ?

 二人で寝てるから相当窮屈な筈なのに、よく半回転することができたな。もはや故意にやってるだろ。



「そっちで寝てもいい?」

「いいよ。……わたしちょっとトイレ行ってくるね」

「折角だからあたしも行くよ」



 俺とみこは、廊下を出て厠へと向かう。

 一階に二つ置くぐらいなら、二階に一つ設置して欲しいと思う。



「二階だと面倒だね」

「そうだよね」



 明日からは一階で寝ようかな?

 お花を摘み終え、洗面所で手を洗っていると誰かの声が聴こえてきた。



「今何か言った?」

「言ってないよ」



 みこに訊いてみるも、みこは首を横に振った。

 ……気のせいだろうか?



「――――ぇ――!」



 やっぱり聞こえた!

 再びみこに確認すると、みこも聞こえていたようで強く頷いていた。

 俺とみこは興味本心で声のする方に近寄る。

 一応の名目は、「もし変な妖怪が居たら危険だから」だ。



「ここだね」

「あたしたちの部屋?」



 閉じてある襖をほんの少しだけ開けると、どこからかギシギシアンアンと悩ましい音が聞こえ出した。

 どこからかもなにも、俺たちの寝室に決まっているのだが。


 ……うん、随分と凄まじいな。

 近いうちに前世では見れなかった弟か妹が見られそうだ。

 そしたら妖怪の先輩として、色んな妖術を教えてあげられそうだ。


 ――さて、みこの教育に悪いから早めに閉じるとするか。

 襖を閉じてみこの方を見る。

 暗黒世界に包まれた部屋では何が起きているのか、みこにはわからなかった筈だ。

 謎に防音性の高い襖については今度師匠に訊いてみよう。



「どうだった?」

「変な妖怪は居なかったよ」



 雪女を孕ませようとする変質者は居たけど。



「もう眠いし、明日訊けばいいよ」

「そうだね」



 俺とみこは何事もなかったかのように部屋へと戻り、深い眠りに就いた。




 ◆




「お母さん、雪女ってどうやって産まれるの?」

「……急にどうしたの?」



 昨夜のことがあって、俺も考えたんだよ。

 そしたら気になる点が浮上してきた。

 雪女から雪女の子供を産むにはどうするのか――という疑問だ。

 人間と雪女の間に産まれたのが雪娘。雪女は性別が女しか産まれないために男は存在しない。

 雪男という妖怪も存在するだろうが、それはまた違うような気がする。

 雪女と雪男は、別の種族みたいな扱いだ。例えるならネコとゴリラが繁殖活動しているようなものになる。


 人間もダメ。他の妖怪もダメ。でも雪女に男は存在しない。



「そしたらどうやって次の世代が産まれるのかって思って……」

「ああ、それね。お母さんもまだ経験がないからわからないけど、朝起きたら産まれてるらしいわよ」

「えぇっ」



 なにそれ怖っ。

 朝起きたら知らない子供がいるんだろ?

 もはやホラーじゃん。

 俺が顔を真っ青に染めて引いていると、白菜とみこも気になったことがあったようで、口を開いた。



「人間と妖怪だと産まれ方が違うの?」

「そうね。由紀は例外だけど、夫婦になる妖怪とかでなければ、普通はそんな感じね」

「じゃあ、ゆきちゃんってどうやって産まれたの!?」

「そ、そうね……えーっと、まあ、人間と同じね」



 何を思い出したのか知らないけど、お母さんの顔が凄く紅潮していた。

 いったい子供の前でどんなイヤらしいことを想像しているのだろうか?

 けれど、みこの攻撃はここで止まらなかった。無知というのは、時には残酷な運命を切り開くものなのだ。



「じゃあ、あたしたちはどうやって産まれたの?」

「えっと……その……えーっと……ゆ、」

「ゆ?」

「優菜さんにきいて……」



 手で真っ赤に染まった顔を覆い隠して優菜さんに丸投げしたお母さん。

 そんなお母さんがちょっと可愛いと思った。白菜たちの興味が優菜さんに向いてる隙に、俺はお母さんの背中を軽く叩いて慰めておいた。



「コウノトリさんが運んでくれるのよ」

「へぇー、そうなんだ。コウノトリってどんな鳥なんだろうね?」



 謎の一般論を用いて、白菜たちに説明する優菜さん。

 白菜は意図も容易く騙されていたが、みこはどこか釈然としない様子だった。

 疑うということを知りもしないようなみこに限って、一体どうしたのだろうか?



「どうかしたの?」

「ゆきちゃん……いやね。おばあちゃんが『そんなもの、✕✕✕に◯◯◯をぶちこめばできるっぺ』って言ってたことを思い出したから……」

「お、おう……」



 みこの直接的すぎる表現にお父さんたちも思わず噴き出す。俺は話を広めないようにと、若干引き気味に「そっか」と一言だけ添えておいた。

 ――なんというか、随分ワイルドな婆さんだな。



「……そういえばお父さん、今回はどこに旅行行くの?」



 お父さんがやって来ると言えば、旅行だ。

 去年は石川県まで行ったんだし、もちろん今年だって何処かに行くだろう。



「今年は栃木だ」



 へぇー、栃木か。

 ……東照宮以外に何も思い付かないや。

 何か観光名所的な場所はあるのだろうか?



「……あっ、でも車はどうするの?」



 去年までは軽自動車とバイクで移動することができたが、今年は一人増えたために乗り切ることができない。

 ――となると、師匠は歩くことになるのか。



「なんでだよ」

「……大丈夫だ。既に手配をしてある」



 手配? タクシーのことか。タクシーなら二台もあれば全員で乗れる。

 今回はタクシーで駅まで行って、電車で移動するのか?



 ◆



「そんな風に思ってる時期が、わたしにもありましたー」



 双葉神社の前には、黒くて長い高級車が停まっている。

 ……我が家って、いつからこんな大金持ちになったのだろうか?

 こんなクソ田舎で自給自足の生活を生活をしていたあの時間は一体なんだったのだろうか?



「いいか、由紀。これが経費の力だ」

「…………」



 なんだこの父親。本当に俺のお父さんか?

 お母さんもお父さんもあまり多くは語らない。けど、毎回旅行先のルートには俺の身体検査が入っている。

 妖怪と人間の間に産まれた子供に前例はない。どうにか活用できないかと、毎度のように細胞と妖力を蝕まれる。

 退魔統括協会から見れば、俺は完全に珍獣扱いだな。



「はぁ……」



 今思えば、前世でも小さい頃は同じように身体検査されてたな。

 血液抜かれたこともあったような気もする。

 ……なるほど、ラスボスは退魔統括協会か!



「味方だよ。由紀はバカだね」

「バカじゃないもん! そんなこと言う白菜にはこれ着て貰うからッ!」



 俺は、メイド服を取り出して白菜をあっという間にメイド白菜を完成させた。



「ちょっと、由紀ッ!! 服返してよ!」

「やだ。……師匠、感想は?」

「100点満点だッ!!」


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