ACT35 為政者たち
夜。
宮殿ではザスティーク・メルディアット騎士団長主催の晩餐会が開かれていた。
それまで学園の制服以外に袖を通したことの無かったクローディアは、初めてドレスを着た。
とはいえそれに至るまでの流れは唐突で、アスキスが用意した部屋でクローディアが一息ついていると、突如として何人もの侍女が部屋に押し寄せてきたのだ。
そして殆ど事情も説明されないまま、あれよあれよといううちに着ていた制服を脱がされ、アスキスがこの日の為に用意したという純白のドレスに着替えさせられてしまったのだ。
腰と胸辺りが少々きつかったが、凡そドレスのサイズはぴったりだった。それから化粧をして、靴も身形にあったヒールに履き替えられ、そうして鏡の前に出来上がった姿を見た時、そこに立っていた自分と、今までの自分との違いにクローディアは思わず苦笑してしまった。
そのまま侍女達によって半ば連行されるような形で案内されたのは、城内でも最も大きな部屋であると説明を受けた舞踏室だった。
純白の壁は一面荘厳な彫刻で飾られており、天井には一際大きな五段重ねの瓦斯灯式シャンデリアが金色に輝いて並んでいる。その陽光のような眩しいまでの明かりに照らされた下では、数百という人々が一堂に会することの出来る長大なダイニングテーブルと無数のチェアが置かれ、テーブルに整然と並べられた陶器と銀器は、それ自体がこの場の壮麗さを演出する小道具のようにさえ思わせる。
クローディアは従うようにして定められた席に座った。
その隣には、クローディア同様に純白のドレスに身を包んだリッカが先に座っており、不機嫌そうにテーブルに肘をついていた。
普段ならその行儀の悪さを叱ったところだが、何故かそのいつもと変わらないリッカの姿にクローディアは少し安心感を覚えていた。
「あらあら、誰かと思えばクローディア御嬢様ではありませんか。ご機嫌麗しゅう」
クローディアの姿を見るや、リッカが茶化した。
「お行儀が悪いわねリッカ。ちゃんとなさい」
「これはこれは失礼致しました。ボクはまだ粗相の許される可憐なる乙女でございますから、多少の無礼は致し方ないことですわ、おほほほほほほほ」
「……時々、その図太い神経が羨ましくなるわ」
喋っていると、主催のメルディアットが多くの従者を引き連れて現れた。その中にはヴェルの姿もある。騎士団長の傍らに立つその表情は何処かぎこちなく、固い。
ふと、着席するメルディアットの奥。二段ほど高い位置に金の装飾があしらわれた一際耀きを放つ椅子があることにクローディアは気付く。
エクザギリア国の最高権力者である騎士団長すら下に見るその席は、蒼き聖女ウェンデレリアの座する場所であるようだ。
(どんな方なのかしら、蒼き聖女様というのは)
クローディアは、退屈凌ぎに考える。
エクザギリアにまつわる数多の神話や物語に必ず登場する民衆の導き手。この世を治め、民に敬愛されながら君臨する者。一説には、この世界の創造主であるとも言われている存在。世界の始まりから聖女はそこに居て、万物は聖女によって生み出されたと伝承にはある。その性格は温厚で慈悲深く、それでいて決して悪を赦さず時として勇猛果敢な一面すら見せる。人々の崇め奉るその姿は、さながら人間の少女にも似た可憐なる乙女――
「可憐なる乙女、か」
「ボクをお呼びかしら、おねえさま?」
「まさかね」
こんなちんちくりんの生意気な小娘が聖女であってたまるか、とクローディアはリッカを一瞥。それを知ってか知らずか、リッカはあどけない顔をむっと顰める。
「えー、何さー」
「別に。言うなれば〝オトメのヒ~ミツっ♪〟よ」
メルディアットの挨拶が終わり、晩餐会が始まる。
クローディアは周囲に座る者達を眺めた。
このエクザギリアを動かす為政者達。宴好きで知られる騎士団長とあって、普段はエクザギリア中に散らばっている聖典騎士団上層部の面々をこの会の為だけに集めたのだろう。騎士の他には財界人や知識人、そして学園都市スレイツェンの理事長の姿もある。
だが、いくら探しても会えるのではないだろうかとクローディアが淡い期待を寄せていた、最もこの場に居て欲しかった人物の姿は見当たらなかった。
「あんまりキョロキョロすると田舎者に見られちゃうんだよ、おねえちゃん?」
「う、うん」
「おねえちゃん……いいえ、クローディア」
「何よリッカ。急に改まって」
「アスキス先生がね、養子縁組の手続きをしてくれたんだ。これでボクとクローディアは正式な姉妹になったんだよ。これからずっと一緒だね、おねえちゃんっ」
「そうは言うけれど、リッカの方が何処かへ行ってしまうんじゃない」
「えへへ。それもそうか。だけどボクはもう何処にも行かないよ。これからはずっと、おねえちゃんの傍に居るからね」
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