ACT24 列車は駆け抜ける

 三枚目の切符。あれは最初からリッカの為に用意された物なのだ。

(アスキス先生は、リッカを知っている……?)

「なんだ。どうしたんだ、クローディア」

「え?」

「いや〝待って〟と言われたから……」

「……なんでもないわ」

「そうか……」

 ヴェルは場を持たそうと話題を切り出す。

「……そう、姉妹と言えば俺にも兄貴が居るんだよ。ルーゼイ・エスカウィルと言うんだが、俺と同じく聖女の騎士で、俺の所属していた〝四番隊〟で副隊長をやっているんだ。だけど俺の方が兄貴より老けて見えるらしくてな、お陰でよく俺の方が兄貴だと間違えられるんだ。不思議だよな、五つも齢が離れているというのに――この話って、したことあったか?」

「その四番隊を率いているのは誰かしらね、ヴェルナクス・エスカウィルさん?」

 窓の縁に腕を置き、頬杖をつきながら視線も合わせずにクローディアは言う。

「リューシンガ・クロリヴァーン隊長……君の、兄上だ」

「そういうこと」

「そ、そうだよなぁ。はは、はははは……ちょっと見回りにでも行ってくるかな」

 場の空気に耐えられなくなったヴェルはおもむろに席を外す。

 そうして走る列車の後方へと歩き出そうとしたその時、クローディアの腕がヴェルを掴んだ。

 思い掛けない行動にヴェルは慌てて振り向く。

 すると目の前に、赤い鞘に収められた聖典刀が突きつけられた。

「〝聖女の騎士たる者、聖典刀を我が命と思い扱うべし〟――聖典騎士団憲章第二条第一項」

 膠も無く言うクローディア。

「……恐れ入ったよ」

 ヴェルはクローディアから聖典刀を受け取り、客車の通路を歩き去って行った。

「あーあ。可哀相に」

 相変わらずトロカテア焼きを食べ続けているリッカが言う。

「同情は不要よ。エスカウィル様は聖女の騎士様ですもの。民衆の安心と安全を担う立場にある者が、公衆の面前でああもヘラヘラしていては示しがつかないわ」

 言うクローディアの手に、心を読んでやろうとリッカが手を伸ばす。

 しかし予測していたクローディアはリッカの手をひらりと躱す。だが、リッカはすかさずクローディアの脇腹をすっと縦になぞった。「はひっ」と息を漏らして隙を作ったクローディアの手を、リッカが掴み取る。

「素直じゃないね」

「う、煩い」

 クローディアは車窓に広がる景色へと目を向けた。

 温暖な気候の作り出す緑色の絨毯。草を咀嚼する草食動物の白い群れが点々としている。もとは家畜だったものが長い年月を経て野生化したものだ、とアスキスが言っていたことをクローディアは思い出す。

 この地方には、もともと名前すらない小さな集落がいくつもあって、牧畜や農業で生計を立てる人々が暮らしていた。しかし聖女戦争が勃発すると紅き魔女ジゼリカティスの攻撃の一部はスレイツェンを越えてこの内陸部にまで及び、命からがらに逃げ延びた民は皆、要塞化されたスレイツェンか、或いは遠く離れた首都ランセオンへの移住を余儀なくされた。見える動物達はその頃の名残だった。

 更に目を凝らせば、平原には至るところに何かが落下して抉れたような地形があった。それこそが百年前、この土地に降り注いだ降星雨の痕跡であった。

「……ねえリッカ。いい加減教えてくれてもいいんじゃない。リッカは聖典術で心を読めるから私の事は何でもお見通しのようだけど、私は殆どリッカのことを知らない。聖典術を教えてくれることと、私の妹になることが交換条件だったんじゃないの?」

「まあ、そこはオトメの――」

「そうやってまた誤魔化す。いつまでもそれが通用すると思ったら……むぐっ!?」

 憤慨するクローディアの口に、リッカがトロカテア焼きのひとつを突っ込んだ。

「そこは、オトメのヒ~ミツっ♪」

 リッカは、にやりと笑って逃げるように席を離れた。

「ち、ちょっとリッカ待ちなさいよ!」

 言いつつもクローディアはリッカを追うのを諦め、溜息と共に外の景色へと目をやった。

「なんなのよ……もう」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る