ACT23 三枚の切符

 クローディアは今、疑問を抱いている。

 ひとつは乗っているエクザギリア大陸鉄道の列車の乗り心地。

 戦時中に物資輸送の要として海運と競うようにして急速に発達した鉄道技術ではあったが、どうやら誰も客車に乗る人間のことを考えていなかったらしい。板を張り合わせただけの簡素な作りをした座席は、戦争が終わって百年が経った今でも進化を知らない。

 だがそれは、もうひとつの疑問に比べれば些細な事だった。

 その疑問とは、アスキスが寄越した首都ランセオン行きの三枚の切符だ。

 一枚はクローディアが、もう一枚は同行するヴェルが使っている。

 では三枚目の切符は一体誰の為に用意された物なのだろうか。

 勿論、三枚目の切符を実際に使ったのはリッカだ。しかしクローディアはリッカのことをアスキスには伝えていない。それどころか、リッカには学籍すらなく、学園都市スレイツェンの制服を着てはいてもあくまで生徒とは自称だ。今のリッカは、クローディアの制服を勝手に着て街中をほっつき歩く身元不詳の浮浪者に過ぎない。

(アスキス先生はリッカを知らないはず。けれど切符は三枚ある……何故?)

 クローディアは頭を抱える。

 一方、その元凶たるリッカはと言えば、

「美味しいのは解るんだけど、せめて味に種類はあるべきだとボクは思うんだけどなぁ」

 クローディアの悩みなどそっちのけである。

 リッカは文句を垂れつつクローディアが懇意にしていた学園の生徒や教師達から餞別として貰い受けた大量のトロカテア焼きを、咀嚼する暇も無く口の中に放り込み続けている。

「いやいや、それは違うぞリッカ・クロリヴァーンよ。このトロカテア焼きはだな、クリーム味だけを作り続けていることにこそ意味があるのだ。そもそも既にトロカテア焼きは究極の焼き菓子として完成している。その発祥はかの聖女戦争の折、デザンティス遠征に向かう聖女の騎士達の為に開発された戦闘糧食で、過酷な戦いの疲労を手軽な甘味で癒せると大好評だったそうだ。つまりだな。トロカテア焼きは蒼き聖女ウェンデレリア様御用達の由緒ある焼き菓子なのだ。だから安易に流行に任せて味を変えるような愚行は決して犯さない。わかるか? わかるよな? むしろわかってくれ」

 二人の向かいに座るヴェルが力説。

 そのヴェルもひとつを手にとって口にする。

「うむ。この味だ。外はゲシゲシ、中はホノホノ、とろけるクリームはデュルンデュルン!」

「信じられない程に食欲を削ぐ表現だね――ところで、おねえちゃんは食べないの?」

「飽きた」

「あっそ」

「浮かない顔だな、クローディア」

「考え事。気にしないで」

 クローディアは素っ気なく答える。

「し、しかしなんだな。アスキス様から聞いたときには驚かされたが、まさか君に妹が居たとはな。俺が学園に居た頃はそんなこと一言も話してくれなかったじゃないか」

(当たり前じゃない。この二週間で降って湧いてきた妹なんだから――)

 クローディアは、そうヴェルに零しそうになるのを堪える。

(――いや)

「ちょっと待って」

 ヴェルの何気無く発した言葉に、クローディアは引っかかった。

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