第16話 契約の代償

2026年 4月18日 土曜日 14:33


「ふぅ~……」


 食事も終わり、チーム結成を終えた晶と誠。

 その二人は誠の家にある居間でくつろいでいた。

 アモンもまた、誠の頭の上で球の様に丸くなっている。


「まだお茶のお代わり要る?」


「あー、もう一杯頼むわ誠」


「はいはい」


 晶が食後の熱いお茶を飲み干すのを確認すると、誠は急須を片手に彼女に尋ねる。

 誠の問いに晶は頷き、彼は慣れた手つきで急須から湯飲みへお茶を注いだ。


「何か妙に慣れた手つきだな」


「ん? あぁ、よく母さんが警察から帰ってきた時に注いであげてたから」


「警察……あぁ、悪い!」


 誠の言葉に、晶は思わず頭を下げた。


「アタシは別にそういうつもりじゃ……」


「大丈夫、分かってるよ。 はい、熱いから気を付けて」


 頭を下げる晶に、大丈夫と告げ誠は急須からお茶を注ぎ彼女へ湯呑を渡した。


「すまねぇ誠……」


 誠から渡された湯呑を受け取った晶は、それを机の上に置き改めて頭を下げる。


「誠もオヤジさんが逮捕されてから今まで大変だったんだよな」


「まあ、ね……」


「そのさ、大変だよな、今の事とか将来の事とか色々よ」


「将来か……」


 晶の言葉に、誠は彼の頭の上でくつろいでいるアモンを見た。

 アモンとの契約の代償について、晶に話すべきかどうか誠は少しの間逡巡したが……隠し事は止めておくべきだろうと彼は判断した。


「ん? なんだ、実は誠も将来の夢とか無い系か? 実はアタシもぜんっぜん考えてなくてよ!」


「いや、将来についてはある程度考えてたんだけど……実は──」


 晶は朗らかに、自分が振ってしまった暗い話を吹き飛ばそうと笑いながら彼に言う。

 だが彼女はより重々しい話を誠に振られるのだった。

 自らは父の不審死を晴らすために、父と同じ警察の道へ進もうとしていたこと。

 しかしアモンとの契約の代価、自らの寿命が残り一年になったことを。


「────マジか」


「うん、実はそうなんだ」


「いや、実はそうなんだって……何でそんな平然としてんだよ!? 普通ならもっとこう、焦るとこじゃねえのか!?」


「………………確かに、よく考えたら実は俺はやばい状況なのか──?」


 誠の言葉に、驚きのあまり椅子から立ち上がる晶。

 一方の誠は、晶の言葉に時間を置いてから頷いた。


「確かにじゃねーよ! なんだその契約、おかしいんじゃねえのか!?」


 そうして、晶は誠の後ろまで歩くとアモンを鷲掴みにした。


「オラオラ、テメー誠にそんなひでぇ契約しやがって! 詫びろコラ!」


「ぐわっ、な、なんだ……!? 我の休息中に何をする!」


「テメェ、誠にしたとんでもねぇ契約を今すぐ何とかしろ!」


「よ、よせ貴様、我の愛くるしいボディが潰れる……! それに契約を取り消すのは不可能だ」


「不可能だぁ!? 不可能ってなぁ、どういうことだオラオラ!」


 晶は鷲掴みにした球体状になったアモンを、バスケットボールの様にドリブルし始める。

 アモンはとても華麗な音を奏でながら床と晶の手の間をバウンドした。

 そんな二人のやり取りを後ろに感じながら、誠は冷静に今の自分の状況を把握していく。


「そうか、真面目に深く考える機会があまり無かったから気づかなかったけど……来年の今頃死ぬってことか……? やばくない?」


「オラ見ろ、誠も何か頭おかしい感じになっちまってるじゃねーか! アタシのアエーシュマみてーに契約の内容もっと軽くしろオラァ!」


「き、貴様が契約した悪魔と違って、我は特別な悪魔なのだ」


「特別だぁ? よーし、ならテメエがどんだけ特別なのか聞かせてもらおうじゃねえか」


 ドリブル状態から、アモンを机の上にダンク気味に叩きつけると晶は誠の後ろで腕組をしながら悪魔の次の言葉を待った。


「全く……契約した悪魔と同じく手荒な女だ」


「悪かったな」


「さて、それで我が如何に特別な悪魔かということだが……アキラ、貴様自分が契約した悪魔をこちらに呼び出せるか?」


「アエーシュマをか? 無理だな、こっちだと酸素ボンベ無しで海中に放り出される感じで辛いらしい」


「あれ、じゃあどうしてアモンはこっちで活動出来てるんだ?」


 少しおかしくなっていた誠が、現実に戻ってきて疑問を口にした。


「其処が我の特別さだ、我は原初の悪魔なのだ」


「刑務所?」


「原初だ馬鹿者め、我は最初の悪魔なのだよ」


「全ての悪魔はその悪魔自身の名を人間に恐れられるほど強くなる、だからこの間ドッペルゲンガーを警察に渡した際に名乗った……そうだったね、アモン」


「我の契約者は多少物覚えが良いらしい、その通りだ」


 晶の発言にアモンは突っ込みを入れ、誠の言葉にニヤリと目を向けた。


「古くから存在する悪魔の名は数多くあるが、我はその中でも特に古い。 故に蓄えていた魔力の量が多い為にこちらの世界に存在していられるのだ」


「ほーん……古いってどんくらい古いんだ? 100年くらいか?」


「およそ3000年程度だな、実際はもう少し古いが」


「3000!? どんな時代から生きてんだよお前……」


「そして、古い悪魔はその力の強さ故に契約の際の代価も高くなる。 例えばアキラ、お前の契約の代価を言ってみろ」


「アタシのか? アタシのはえーっと……アタシ以外の誰かに毎月傷つけられて血を流す、だな」


 晶は新宿御苑で契約した際、彼女とアエーシュマの間で交わされた契約の内容を思い出しながら二人へ告げる。

 その内容を聞いて、誠が後ろに居る晶を見る。


「晶のも結構面倒な契約じゃない、それ?」


 だが彼女の表情は特に変わらず、耳を掻いていた。


「そうか? アタシはよくケンカとかすっから、血出すのとかは別に普通だからな」


「まぁこの女の契約条件はどうでも良い、要するに力の弱い悪魔は契約の代価も安いが我の様に原初の存在は力の強さ故に代価も高いということだ」


「だからって、何も一年後に殺すなんてのは……」


「確かに我とマコトとの契約の経緯は特殊だ、彼奴の選択の余地は無かったと言っていい」


 アモンを見つめる晶に、悪魔は彼女の言い分も一定認めた。

 しかしアモンは、だが、と言葉を続ける。


「経緯はどうあれ、結果としてマコトは我との契約を選んだ。 それを不利益だからと一方的に契約の変更を申し出るなど傲慢に過ぎる」


「うっ……そりゃ……そうかもしれねえけどよ」


「それに、お前自身の考えはどうなのだマコト。 お前の身を案じる女の言葉ではなく、お前自身の言葉を我に聞かせてみろ」


 それまで、殆ど黙っていた誠に対してアモンは改めて向き直った。

 誠はアモンの視線を受け、少しだけ顔を俯ける。


「俺は……正直まだ自分が一年後に死ぬというのにピンと来てない、まだ沢山やりたいこともあるし、父さんについて調べるためにやろうとしてた事や母さんの事もあって死にたくなんてない」


「だ、だろ!?」


「ではどうする、貴様も契約を変更したいと考えているか?」


 アモンの言葉に誠は首を横に振った。

 そして、俯けた顔を上げてアモンを見る。


「いいや、それはしない」


「な、何でだよ誠」


「確かに俺には将来警察官になって父さんの事件について調べたり、母さんを助けたいという気持ちはある。 けど……」


 そこで、誠の声が少し上ずった。


「けど俺だけじゃきっと真実に辿り着けないと思うんだ……だから、今は例え一年後に死ぬのだとしても、俺はアモンの力に頼りたい」


「誠……」


「クックック、賢明な判断だ。 我の力を一年以内に増強することが出来ればお前の父の死の真相も、教えてやれる。 そうすれば後は我の力を使って復讐でもするが良い」


 改めて、自らの死についてきちんと考えた誠は契約の変更を行わないことを告げた。

 つい二週間程前までは、未来に対して漠然と、何となく淡い希望を持っていた少年。

 彼は今、その希望を失った事を知った。

 だが、その失った希望の代わりを彼は自ら作り出していた。


「と、俺は思ってるんだけど……晶、怒らない?」


「何で怒るんだよ、テメェが決めた事だろ。 そりゃ、一年後に誠が死ぬって言われたらすげえ寂しいけどよ……」


「クックッ、やはりそういう関係か貴様ら」


「ち、ちげーよ! バカ、アホ、ボケ!」


「何て貧弱な語彙なのだ……ともあれ、一年後に死ぬのは確定路線だ、それまでに肉体と頭脳の両面を鍛えることをお勧めするぞマコトよ」


 アモンの言葉に、晶は赤面するとそっぽを向く。

 そんな彼女にアモンと誠は軽く笑いながら、誠は悪魔の言葉に頷くのだった。


「あぁ……必ず、一年以内に父さんの死の真相を掴んで見せる」


 そう意気込む誠を、アモンは期待と悪意に満ちた目で見つめていた。


─────────────────────────────────────


 時刻はところ変わって、深夜0時。

 祝勝会も三時頃には解散となり、誠は片づけや家事を終えると早々に眠ってしまっていた。

 そんな中、彼の相棒であるアモンだけは誠の部屋でジッと部屋の主を見つめていた。


「…………しかしこの小僧には驚かされるな」


 品川の街の中にあるこの家は、外の喧騒とは隔絶されているかのように静かだった。


「まさか我の認識操作を、あの女の助力があったとは言え破りかけるとは……」


 静寂に包まれた部屋の中に、アモンの足音だけが響く。

 死や痛みに関しての認識を鈍化させる、それがアモンが誠に施した魔術だった。

 その魔術のお蔭で彼はドッペルゲンガー戦において、晶を庇う際に自らの手を犠牲にしたり、またナイフを持った相手に対して果敢に挑むことが出来た。

 また、同時にそれは誠の寿命に関しての悩みも封印するものだった──無論、それはアモンが彼の身を案じて行った行為ではないのだが。

 だが誠は本日、それを助力有りでとはいえ打ち破り掛けていた。


「ドッペルゲンガーに勝利したこともそうだが、この小僧……我との適合率以外にも見どころがありそうだ」


 今日の疲れがあったのか、誠はすやすやと寝入っている。


「まずは褒めてやろうマコトよ……これより訪れる嵐の先触れを打ち滅ぼした事をな」


 アモンは邪悪な笑みを浮かべ、悪魔本来の禍々しさを部屋の中の闇に映し出される。

 それは正しく、地獄の大侯爵の名に相応しい邪悪な笑みだった。


「ククク、クククク……! そしてこれからより強くなっていくが良い……我の依り代として完成するためにな──!」


 そんな悪魔の思惑は露知らず、誠は翌日の行動の為に眠り続けるのだった。


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