第15話 チーム結成

2026年 4月18日 土曜日 11:48


「よいしょっと……ふぅ、こんなものかな」


 誠は自宅の居間にあるテーブルの上にコップやジュースを配膳し終えると、少し息を吐いた。

 普段は一人暮らしで掃除もあまりしていなかった家が、今日だけはきちんと清掃も終えられていた。

 

「まるで恋人でも招くかのような気の入れようだなマコト」


 普段とはまるで違う気の入れように、テレビの上にとまっていたアモンは誠へ茶々を入れる。


「恋人って……晶と俺はそんなんじゃないよ」


「見ていれば分かる、だがあの手の女は優しくすれば直ぐに落ちると我は踏んでいるが」


「確かに押されるのには弱そうだけど──って違うだろ! 今日は……」


「分かっている、今日は彼奴の捕縛記念の祝勝会だろう?」


 アモンは両方の翼を用いて器用にやれやれとポーズを取りながら呟いた。


「分かってるならからかうなよアモン」


「何、我は余命幾ばくもない女も知らぬ契約者へアドバイスをしただけよ」


「余計なお世話だ、そういう関係には俺は自分で構築します。 それに……」


 テーブルへ寄りかかりながら、誠はアモンの方へ振り向く。


「俺は一年後に死なない方法も探すつもりだ」


「ほう……我との契約を踏み倒すと?」


「あぁ」


 強い意志を感じさせる瞳をアモンへ向けながら、誠は頷いた。


「ククク、確かに悪魔の契約を逆手に取るのは古今東西ありふれた話ではある……良かろう、無為な行為ではあるがそれを模索したいと言うのならば止める理由はない」


 誠の言葉にアモンは少しの間瞳を細めると、翼を口元へ持っていき笑った。

 対する誠は、彼の笑いを見て改めて力強く頷くのだった。


「あぁ、必ず見つけ出してみせる」


「クク、精々足掻くが良い」


 アモンの言葉を境に、無言の間が少し続いた。 

 その沈黙が数分続いた後、誠の家にチャイムの音が鳴り響いた。


「オーッス、邪魔するぜー誠ー」 


「この声は……」


 廊下をドタドタと遠慮なく粗暴に歩く音を響かせながら、居間へ誠の待ち人が現れた。

 玖珂晶。

 彼女は両手にここへ来る途中で買ったのであろうお菓子の山をビニール袋へパンパンに詰めた状態で現れた。


「おう、待たせたか──って何だ、何か……揉め事中か?」


 明るい笑顔で居間への扉を開けた晶だったが、誠とアモンが対極線上で見つめあっているのを見て訝しげな表情を浮かべた。

 だが誠は直ぐに首を横に振ると、晶を歓迎する。


「女を口説く方法をマコトへ教えてやっていただけだ」


「あぁ、口説くぅ?」


「いやいやいや! やることなくなって晶を待ってただけだよ」


 アモンの冗談で、より険悪な雰囲気になりそうだったが誠はすぐさま両手と首を振って否定する。 


「あー、わりいな。 コンビニでちょっと立ち読みしててよ」


 誠の素振りを見て納得したのか、晶は机の上に袋を置くと空いている椅子の上に腰掛けながら謝った。


「立ち読み? 何か面白い漫画でもあった?」


「いや、マンガじゃあねえんだけどよ……へっへっへ」


 誠もまた晶の向かいにある椅子へ座りながら質問を行うと、晶はニヤニヤ笑いを浮かべながら一冊の雑誌を取り出した。

 雑誌には週刊ギャンギャンと書かれており、表紙には綺麗な女性が笑顔を誠へ向けていた。


「……結構可愛いね」


「アホか! なんでアタシがテメェに女の写真買ってきてやらなきゃならねえんだよ! ここ見ろ、ここ!」


 机の真ん中に置かれた雑誌の女性を見て、誠はその綺麗さに思わず感想を漏らす。

 女性は恐らくかなりの長身だろうが、それが逆に自らのスタイルの良さを際立たせながら恥ずかしそうに笑っていた。

 だが晶が見て欲しかったのはそれではなく、彼女は切れながら女性の右下に書いてある文字を指差した。


「ごめんごめん、えっと……」


 謝りながら、誠は彼女が指を差した部分を見た。

 其処にはドッペルゲンガー逮捕、噂のキングとは!?と赤い文字で書かれていた。


「これは……」


「ほう、どれどれ?」


 食い入るように雑誌を見る誠にアモンも興味を惹かれたのか、彼の頭部へ飛び乗った。


「ほう……既に世間的に話題になりつつあるか」


「な、スゲぇだろ? コンビニでお菓子買おうと思ったら雑誌コーナーに置いてあってよ」


 自慢げに言う晶に、誠が同意した。


「確かに……自分の事が雑誌に載ってると思うとちょっと凄い」


「ま、中身は飛ばし記事で書いてることテキトーだけどな。 コスプレイヤーが話題作りの為にやってるとかよ」


「コスプレイヤーか……」


「何、初回はそんなものだろう。 ともあれ当初の目的である知名度の獲得には至った訳だ、良しとしておくべきだな」


 怪訝な顔をする誠に、アモンがフォローの言葉を発した。


「目的ねぇ……ま、そこら辺は祝いながら話すとしようぜ! 腹減ったしよ!」


「あぁごめんごめん、今用意するよ」


 腹の虫を鳴らしながら、晶はそう告げると誠へ食事の催促をする。

 誠は彼女の提案に頷くと、晶が持ってきた袋を一度床へ降ろし、事前に購入しておいたオードブルをキッチンへ向かい運び出していく。

 そうしてどんどん机に並んでいく食事に、晶のテンションが上がっていく。


「へっへっへ、やっぱ何かをやり遂げた後にゃ祝勝会やんなきゃなあ!」


「そうだね、と言っても小さな祝勝会だけど」


「気にすんな、こういうのは気持ちが大事だ気持ちが、なぁフクロウ」


「我の名はアモンだ、小娘」


 申し訳なさそうにする誠に、晶が気にするなと笑い飛ばす。

 それを聞いて誠もホッとした顔をしながら、用意していた食事をテーブルへ並べ終える。


「それじゃ、ドッペルゲンガー逮捕を祝って……」


「「かんぱーい!」」


 二人は同時にコップを打ち合わせると、机に並んでいるピザやチャーハン等を小皿によそい始めた。

 晶はコーラを一気に飲み干すとピザを二切れちぎり、それを一気に口の中へ放り込んだ。

 誠はアモン用の小皿に肉をよそうと、それを自らの隣に置く。


「ほらアモン、お前の分」


「貧相な食事だが致し方ない、食ってやるか」


「相変わらず偉そうな奴だな……このフクロウは」


 アモンと誠の会話を見ていた晶が、そう呟いた。


「しっかしよぉ……一か月前にゃ悪魔と契約だの別の世界だの想像もできなかったけど、今じゃフクロウの姿した悪魔と喋ってるとか世の中何が起きるかわかんねえな」 


 晶は感慨深げに、アモンを眺めながら言った。


「最初誠を見た時はフクロウと話せるとかすげーなーとか思ってたけど、アタシもあっちから帰ってきたらそいつの言葉分かる様になってたもんな」


 そう言って、晶はピザを食べ終えるとフライドポテトへ手を伸ばした。


「そういえば晶は最初はアモンの言ってること分からなかったんだったね」


「悪魔の言葉は基本的に異界へ言った事のある存在にしか分からんからな、あちらへ移動し悪魔を認識して初めて我等の言葉を理解できるようになるのだ」


「ほ~ん……」


「へ~……」


 二人は感嘆の息を吐いた。


「んじゃあ、お前の言葉が分かる奴がアタシ等以外に居たらそいつは悪魔と繋がりがある悪い奴ってことか?」


「悪人かどうかは分からんが……概ねそう思って間違いないだろう」


「そうか、まぁドッペルゲンガーもお前の言葉分かってたっぽいしな」


 何度か軽く頷きながら、晶は其処で食べる手を止めた。


「……晶?」


「マジで、お前等には感謝してる。 お前等が居なかったらアタシはきっとマキの仇も討てなかった……前も言ったけど、本当にありがとう」


 晶は真面目な顔で、誠へ頭を下げた。

 だが誠は首を横に振る。


「俺はただ晶を手伝っただけさ、それに……君を守ると言いながら結局守り切れずに危ない目にも合わせてしまったし、むしろ俺が謝るべきだと思う」


「別にんなこと……」


 誠もまた、負い目を感じており晶へ謝罪する。

 そして、先ほど誠がそうしたように今度は晶が首を横に振った。


「ふっ、ふふ……」


「ははは……」


「「ははははは!」」


 互いの行動を見て、二人はどちらともなく笑い始めた。

 そんな二人にアモンはやれやれと笑うのみだった。

 その後二人は他愛もない会話を交わしあい、食事を終えた。


「食った食った……ごっそさん」


「ごちそうさまでした」


 二人は食事を終え、今でくつろぎ始める。

 晶は居間にあるテレビを付けるとそれを眺め始め、誠とアモンは先ほど晶が買ってきた雑誌を読み始める。

 彼の目当てのページは当然表紙の女性が載っているグラビアページ……ではなく、キングについての記事だった。


「…………」


 その記事にはこう書いてあった。

 新宿を騒がせた連続暴行犯逮捕! 犯人は45歳、無職男性の田畑啓介容疑者──と犯人の犯行経緯や動機等について推察も交えて書かれていた。

 記事によると犯人は犯行を認めながらも、悪魔に犯行を唆された、また自らと同じく悪魔と契約した人間によって心を改めたのだ等と正気とは思えない発言を繰り返しているとも書かれていた。

 誠はその記事を、とても悲しそうな目で見ていた。


「そういやよ……」


「ん?」


 ぼんやりとテレビを見ていた晶が、口を開いた。

 テレビでは今流行りのアイドルらしき女性がインタビューを受けている。


「これからどうすんだお前」


「これから……って言うのは?」


「飯食った後の話じゃねえ、今後だよ、今後。 お前やアタシの持ってる力は普通じゃねえ……それこそアイツみたいに犯罪をしようと思ったら余裕で出来るんだろうよ」


 だから、と彼女は付け加える。


「だから、これからこの力をどう使っていくつもりなのか気になってな」


「……俺は、この力を困っている人達の為に使おうと思ってる」


「困ってるぅ? またえらく範囲の広い話だな」


「ははは、もちろん世の中の人間全員を助けられるとは思ってないよ。 でも……今回の事件みたいに、俺の様な力が無いと解決できない事件もあると知った」


 誠は雑誌から顔を上げ、晶の顔を見据える。


「悪用も出来ると思うけれど、俺は……この力じゃないと救えない人達を助けたいと思う」


「それはその、お前の親父が犯罪者って言われてるからその、名誉返上? だかの為ってことか?」


「名誉挽回ね、ともかく、その動機が無いわけじゃない……アモンの力をもっと強くしていけば、父さんの死の真相に近づけると思うからやろうとも思っている」


「真相……? どういうこった?」


「あぁ、実は──」


 晶へ軽く突っ込みを入れながら、父が獄中で不審死をしたこと。

 アモンには過去と未来の知識がある事と、現状力が足りずに誠にそれを話せない事を彼女へ説明した。


「何だよそれ、メチャクチャ怪しいじゃねーかお前のオヤジさんの死に方」


「あぁ、だからそれを調べることも含めて今後は動いていきたいと思ってるんだ」


「要するにマコトの自己満足だな」


「否定はしないさ、晶の友達みたいに理不尽な行為を受けても捕まらない悪人が居るのなら……俺はそれを捕まえたい、それだけだよ」


「そう、か……結構立派に考えてんだな、これからの事。 それにお前のオヤジさんの死の真相ね……」


 誠から話を聞き、晶は少し顔を俯けると考え始める。


「アタシはよ、馬鹿だからそういう……なんだ、立派な理由とかは何も考えてなかったんだけどよ」


 ゆっくりと、己の内の気持ちを話す彼女の言葉を誠は穏やかな気持ちで聞いていた。


「ただ、今回みたいに他にも誰かが悪魔と契約して……犯罪してると思ったら許せねえんだ、だから、アタシもその……お前みたいに悪い奴や悪魔を捕まえたいなって思ってた」


「そうか、ってことは……二人で今後も活動していく事になるね」


「そうなるな、へへっ、チーム結成だな」


「ククク、良かったではないかマコト。 頼りになる手駒……もとい仲間が出来たぞ」


「手駒だとぉ~! このフクロウ野郎!」


 晶はアモンへ両手を伸ばし鷲掴みにする。


「よ、よせ貴様!」


「へへへっ、誠と合体してなきゃひ弱な鳥だなテメーもよー!」


 両手でアモンの腹を掴みながら戯れあう二人を、誠は微笑ましい表情で眺めながらあることに気が付いた。


「あっ、そうだ」


「あん、どうした誠」


「いや、チームを組むんならチーム名を決めた方が格好いいかと思って」


「そういやそうだな、うーん……マッドドッグスとかどうだ!?」


「食い物みたいな名前だな、センスが疑われるぞ」


「なぁにぃ~!?」


 アモンの言葉に、晶はより強く腹部を鷲掴みにする。


「ぐあぁぁ!」


「う~ん……普通に悪魔事件調査隊とかは……」


「そんなお宝鑑定団じゃねえんだからよぉ」


 二人で唸り始めたところに、アモンがわざとらしく咳払いをする。


「ゴホン、ではこの偉大なる悪魔の我が一つ名を授けてやろう」


「鳥にかっけぇ名前つけられるのかよ」


「ククク……聞いて腰を抜かすが良い、その名もデアデビルだ」


「結構格好いい響きだね、どういう意味?」


「命知らずと言う意味だ、これからお前達は社会に潜む闇を相手に自らを省みることなく突き進んでいく、その様を命知らずと言わず何と言う?」


 割と真っ当な名前とその名に秘められた意味に、誠と晶は顔を見合わせ頷きあった。


「アタシはいいぜ、気に入った」


「あぁ俺もだ、それなら……」


「うむ、本日から悪魔事件調査隊改め──」


「デアデビル結成だ!!」


 二人はコップに再びジュースを注ぐと、机の上でそれを打ち鳴らすのだった。



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