第197話 成長

 「――どうしてこうなった……」


 卒業式も終わり、完全にさっきまでの緊張に包まれた空気が、感動的な空気が、いつものそれに戻った体育館。保護者も記念撮影やらを行いにに行ったのだろう。完全にこの場からは姿を消している。

 そんな、本来は無人であるべく場所に、俺は立っていた。


 「仕方ないよ、だってくじ引きだもん」


 「そーね。仕方ない、仕方ないんだけどね……」


 「運がいいのか、それも悪いのか、正直わからないよね~」


 そして俺の横には、結衣、北間さん、高橋さんが同じように並んでいる。


 「――よし、お前たち、サボらずによく来てくれたな」


 するとすぐに柳先生が俺たちのもとに駆け寄ってきて、少し自慢げな顔をしている。


 「そんなことできるわけないじゃないですか、柳先生」


 というか、なぜそんなドヤ顔なんでしょうかね。何かそんなに面白いことがあったんでしょうか……。

 卒業式の準備ということで、俺たち一組はシート引きや椅子の設営なんかを(半ば強制的に)手伝わされることになった。

 そして、今からその片付けを始めるのだが……。


 各クラスから四名の選出制になったことにより、それに当たる確率は10%。これには期待ができそうな数字だったのにもかかわらず、俺が引いたくじはまさかの当たりくじ。


 これが宝くじとか福引の抽選とかの当たりだったどれだけ嬉しかっただろうか。

 しかし、今はまったく、これっぽっちも微塵もそんなことは感じない。

 どうしてこうも貧乏くじを毎度毎度引いてしまうのか。悪運なのか、それとも強運なのか、俺にはわからなかった。


 でも、俺の他に貧乏くじを引いたのが、結衣、北間さん、そして高橋さんという、修学旅行のメンツになってしまったのは、不幸中の幸いと言えるのだろうか。

 もしこれが本田、片山、加藤といった、このクラスのナウでヤングのパイオニアだとしたら、どうなっていただろう。

 まず会話について行けない、ついて行こうとすることすらできない、何かをしゃべろうとしたら確実に挙動不審になる。つまり、「THE・END」ってやつだな。


 まぁ、仮に男子だけだったら、修学旅行の部屋である程度会話くらいはできたから、もしかしたら平気かもしれないんだけど、加藤よ。加藤。加藤の存在が、もうほら、番長じゃん。俺とは格が違い過ぎるというか。

 もし加藤の前で下手こいて調子に乗ってしまって、それが加藤の気に障ってしまったら、俺はその後コンクリートで固められて相模湾になんてことも……いや、そんなことはさすがに――


 「――おい、高岡。どうした」


 気が付くと、さっきまで横にいた女子三人の姿はなく、その代わり、目の前には柳先生が不思議そうな視線を俺に送っていた。


 「――えっ……⁉ あ、すいません。これはちょっと……本当に何でもないんです! 決して片付けのメンバーが陽キャたちで埋め尽くされてしまって俺の行き場がなくなって辛くなったらどうしようとか、そんなことは一切考えていなかったので、ご心配なく」


 「い、いやぁ……別にお前の個人的な事情なんて本当にどうでもいいんだが、そんなくだらないことを考えているんだったら、早く片付けを始めたらどうだ……?」


 「うぐっ……」


 先生の冷静な一撃に、返す言葉が見つからない。ちょっと慌てて本音をぶちまけてしまうとか、しかも、それに対して柳先生はそんなに反応してなくて、ほとんどスルーだったとか、なんか俺一人が空回りしてるみたいでかなり恥ずかしいんだけど……。


 「――仕方ない。こうなったらこっちから仕事を振ってやろう」


 柳先生はちょいと腕まくりをしてニッと笑みを浮かべる。


 「う、うす……。ってか、今の先生、なんか「デキる大人」みたいでカッコいいっすね」


 「そうか? そんなことを言われなくても、とっくのとうにデキる大人だと思うが?」


 「いやぁ、どうですかね。だいたい、毎日毎日気だるそうな声でホームルームしてる時点で、その称号はちょっと無理があるんじゃ……」


 「高岡。そのままだとお前は将来過労で倒れてしまうぞ」


 「俺の将来を案じてくれるのはありがたいんですけど、一体どうしたんですかいきなり……?」


 「そうだな……」


 柳先生はひょいとパイプ椅子をたたみ、俺にまとめて渡してくる。


 「仕事は常に肩ひじ張っていればいいってもんじゃない。ある程度抜くところは手を抜かないと」


 「ってことは、先生にとってホームルームは手抜きの時間だと」


 「まぁ、ホームルームとか授業とかってのは、他の教師の目に付かない時間だからな」


 「うわぁ、それもう認めてますよね。ってか、授業で手を抜いたら、先生としての存在意義が……」


 「そんなの知ったこっちゃない。私はしっかり授業をしているが、全部の時間に全力投球できるほど熱血仕事人ではないからな」


 「何ですかそれ。言い訳を無理やり正当化している感が否めませんけど……」


 そう言いながらも、その間、しっかりと俺にパイプ椅子を回し続けてくる。もしかしてこの量を俺一人で運べと?

 すごい。自分はちゃんと仕事をしているようで、実は楽なところしかやらずに、しれっときつい仕事を上手く他の人にさせている。

 今の柳先生の行動は、その言葉を体現しているようだった。


 「――ふぁ……何でパイプ椅子ってあんなに重いんですか。しかもそれを両手に四脚ずつとか、罰則か何かですか? 俺何かしましたっけ?」


 「そんなことないさ。これは私が頼んだちょっと無理難題だが、それを最後にやると決めたのは、高岡。お前自身だぞ」


 「うぅ……」


 何だろう。直球の正論ではなくて、トリックプレーじみた理論なんだけど、でもどこか説得力があるから、尚更たちが悪い。


 「――でも、どうだったか?」


 「え、何がですか……?」


 柳先生の唐突な質問に、俺は返事に詰まる。


 「この一年で、お前の学校生活はどう変わったかなと思ってな」


 「何でそんなこと聞くんですか?」


 「う~ん、どうしてかと言われてもな……。何だろう、どこか高岡が心配だったのかもしれないな」


 「へ……?」


 「こう言っては何だが……。教師の私から見ても、これまでのお前は、学校が楽しそうではなくて、周りの同級生とは一定の距離を置いているというか、自分の中で何か心に壁を作っているような、そんな風に見えていたんだよ。……でもね」


 柳先生はそこで一呼吸置くと、体育館を見渡す。


 「二年生になって、お前の雰囲気が変わった気がするんだよ。近藤や北間、高橋。他のクラスだと、宮下や武田くらいか? たしかに周りの奴らと比べて話す人は限られていたが、それでも、そのメンツと話しているときのお前の表情なんて、一年の頃では絶対に見せないようなものだった」


 「そ、そんなところまで見てるとか、先生なんですか、もしかして俺のことと好きなんですか?」


 「はははっ! 相変わらずお前は面白いことを言うんだな。でも申し訳ない。高岡みたいな年下はあいにく守備範囲外なんだ。悪かったな」


 「うわぁ、先生大人気ないな」


 「まぁでも、そんな冗談を言えるところも、この一年で成長した証なんじゃないのか?」


 「そうでしょうかね。自分じゃどのくらい成長できたかなんてわからないですし、成長っているのは、目に見える結果が出て初めて自分で認識できるものだと思うんですよね」


 「ふふっ……。たしかにそうだな。いかにも高岡らしい」


 「俺らしい、か……」


 世間一般では、「自分らしく」とか「個性を大事に」なんて言われているが、それはどれも抽象的でわかりづらい。

 だって、人の意見に流されることだって、それこそ先生の言葉を借りれば、「最後は自分で決めた」ということになるのだから。


 結局、そういった言葉はただの指針に過ぎないのであり、それを過信してしまっては、ただ頼るだけになってしまう。それだけは、間違ってもしてはいけない。


 「――と、まぁ少し話し込んでしまったが、どうやら私はお邪魔なのかもしれないな」


 「それってどういう……」


 「あれを見れば一目瞭然だろう」


 柳先生の向く方に視線を向けると、パイプ椅子を両手に抱え、じっとこちらを見ているひとりの少女を視界に捉える。


 「ほら行ってこい。この現在進行形青春野郎が」


 そう言って、柳先生は俺の背中をポーンと押すと、付け加えるように「爆発しろ!」と言い残し、踵を返して颯爽と去って行ってしまった。


 「痛てて……。ってか、そんな簡単に爆発してたまるかよ」


 俺は背中をさすりながら、足を前に踏み出した。

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