第194話 同情

 二月も下旬に差し掛かり、学校に全く姿のなかった三年生をちょくちょく目にするようになった。おそらく大学受験が終わり、その報告やらで来ているのだろうか。


 志望する大学に受かったにしろ、そうでなかったにしろ、大学受験という長い道のりを終えた彼ら彼女らの目は、何かをやり切った、そんな達成感に満ちていた。

 そして、自由登校期間に入る前に見たときに比べて、一回りも二回りも大きくその背中が映った。


 そんな先輩たちの後ろ姿を視界に捉えつつ、俺は教室に辿り着く。もちろん予鈴ギリギリで。

 もうここまで来ると、いかに予鈴と同時に教室に入るかを考えてしまうようになってしまった。それに、タイミングが合うとどこかしてやったりという気分になる。


 「――それでは朝のホームルームを始める。登校しているときに既にわかったかもしれないと思うが、今日からは三年生も最後の登校期間に入る。その……なんだ、話しておくことがあればこの期間の内に話しておくことをお勧めしておくぞ。卒業式はおそらく下級生が割って入れるほどの時間はないだろうからな」


 柳先生の言葉に、俺はピクリと反応する。

 無事大学に進路を進めたであろう先輩たちではあるが、その前に大きな大きな行事が控えている。それは「卒業式」だ。


 たくさんの桜の花びらに囲まれ、三年間共に過ごした仲間たちとの別れの日。別れという言葉には少し寂しさを感じる。

 もしかしたら……というか、この卒業式を境に、今後の人生において二度と顔を合わせることがない人だっているかもしれない。


 いくら「高校の友人は一生の付き合いをする」なんて言われていても、まず、高校の友人が学年全体のうちの何人かという話になる。

 いくら半端ない陽キャであっても、さすがに学年の全員と友達というわけではないだろうし、一生の付き合いをするのは、あって同じ部活の仲間くらいではないだろうか。


 ん、待てよ……? 

 そうなると、部活に入っていないし陽キャでもないし、友達も少ない俺は一体どうなってしまうのだろうか。

 卒業したら誰とも連絡を取ることなく、同窓会にすら呼ばれず、自然と「高岡伊織」の名前が徐々に空気と化してしまうのでは……?


 まぁ、同窓会に行くかどうかは別として、一応クラスメイトだった奴から「お前誰?」とか言われるのだけはヤバいな。きっとメンタルクラッシュするに違いない。

 よし、こうなったら、「帰宅部」の人たちと友達になれば一件落着と行けるのではないだろうか(暴論)。


 ――閑話休題。


 ただ、なんにせよ、この情報通信技術が発達している現代社会位において、これっきり二度と会えなくなることはない。何かしらのつてを辿って行けば、いつかはその人のところにいけるだろう。


 それに、この卒業というものを、自分の将来に向かって羽ばたくための中継地点だと思えば、自分が着実に目標や夢に向かって歩けていることの証左となえり得るのだから、それはすばらしくめでたい日であると言えるのではないだろうか。


 「――それで、卒業式には我々在校生ももちろん参加するわけだが……」


 そこで、柳先生の口調がブレーキをかけていく。どうしたんだろう。いつものあの調子はどこへ行ってしまったのだろうか。


 「その前に、式典の準備をしなければならない」


 そうだよね。式を行うためには、まず準備が必要だもんね。

 至極当然の話の流れなだけに、先生がどうして少し遠慮気味になってしまうのか、正直に言って見当が付かない。


 「実は、毎年在校生の中から一クラスを選んで、その準備を行うことになっている」


 あ、あれ……? 何となく、何となくではあるが、先の展開が読めてきた。

 卒業式の準備に、在校生から一クラスが手伝わされる。そして、柳先生のこの困ったような、そして言い出しづらそうな表情。これらをあわせると、おそらく――


 「――今年の準備は我々のクラスが担当することになった」


 「「「うぇっ⁉」」」


 教室がどよめいた。

 やっぱりか……。予想がドンピシャに当たったから、周りの人の、まるで自分の目の前で目当ての商品が売り切れになってしまったかのような、驚きと悲しみが混じった叫びをあげることはなかった。

 でも、そうなってしまったことに、多少なりとも面倒くささを感じてしまい、ため息がこぼれてしまう。

 

 「せんせ~! どうして今年は俺たちのクラスなんですか~?」


 本田がすかさず質問を投げかける。


 「あ、あぁ……。恥ずかしい話なんだが……く、くじ引きでそうなった」


 「「「くじ引き⁉」」」


 さすがにそれには驚いた。

 くじ引きで準備のクラス決めるとか、どんなやり方だよ。普通は役回りで、一年一組から毎年順番にやって行くのがベターな気がするんだけど。

 先生同士が職員室でくじを引き、一喜一憂する……うん、考えただけでシュールな光景だ。そんな職員室は嫌だ!


 「え~。じゃあさ、各クラスからちょっとずつ出し合えばいいんじゃないの~?」


 加藤も不満気にそう文句を漏らす。そして相変わらず口調がきついっすね。


 「本当に加藤の言う通りなんだよ。以前私がそうしないかと掛け合ってみたんだが、クラス単位の方が選出の手間が省けるし、チームワークの観点から見ても、そっちの方がより円滑に準備を進めることができるからと、学年主任や校長に言われてしまったんだよ……」


 「そ、そうだったんだ……なんか……ごめんなさい」


 柳先生の辛い過去をえぐり出してしまったことに、加藤は顔を引きつらせながら謝る。

 うわぁお……。あの理路整然と的確に相手の意見を次々と沈めていく柳先生が太刀打ちできないとは……。これが既得権益。なんていう凶暴さなんだ。


 「と、とにかく、残念ながらこれは決定事項だ。あまり乗り気ではなくても、最後までやりきってほしい。もちろん私も手伝うから、手伝うから……。どうか『先生のせいじゃん』みたいな視線を送るのはやめてくれ、頼む……」


 柳先生の懇願に、きっとこのクラスの誰もが同情したことだろう。

 俺はこの学校に来てから、柳先生が生徒の前で頭を下げるところを始めて目撃したかもしれない。

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