第166話 デート講座

 「――まず、妄想や想像はいくらしても構わないが、それが現実になるとは考えない方がいいと思うぞ」


 「ど、どういうこと……?」


 恋愛経験がない俺にとっては、妄想や想像はデートプランニングの大事な手法の一つなんだが……。

 それを封じられるとなると、だいぶきつい。いや、きつすぎる。


 「さっきの夢みたいに、自分をよく見せようとガチガチに着こなしたところで、それは果たして本当の高岡伊織と言えるのか?」


 「ほ、本当の、俺……?」


 「そうだ。まぁ、夢の中での結衣ちゃんの反応から推測すると、きっと普段見ないようなお高い服装をしている伊織にびっくりしたというか、ちょっと自分との距離を感じちゃったんじゃないか?」


 「な、なるほど……」


 たしかにそうだった。結衣の反応が鈍く感じ始めたのは、最初に顔を合わせてからだった。


 「だから、普段着……とまではいかないけど、着飾るのはある程度にしとけってこと」


 「ふむふむ。『服はあまり着飾り過ぎるな』と……」


 俺は携帯のメモに達也からのアドバイスをメモしていく。


 「――で。次は、まず集合したら、結衣ちゃんの着ている洋服を褒めろ」


 「えっ……? 俺、たしか褒めてたような気が……」


 「甘いっ!」


 達也は俺の言葉を一蹴して、鋭く指をこちらに向ける。


 「え……何が甘いの?」


 「先に褒めなかったところがだよ。伊織、それは砂糖漬けの角砂糖よりも甘いぞ」


 「うぅ……」


 それよりもってことは、俺、相当甘かったんだろうなきっと……。

 というか、砂糖漬けの角砂糖って、もはや角砂糖なのでは……?


 「女の子ってのは、デートのために洋服をめちゃくちゃ真剣に選んで、自分の考えるベストな布陣をそろえてくるらしい」


 「おぉ、達也、お前よく知ってるな」


 「ま、まぁ、これは佳奈ちゃんに言われたことなんですけどね、あはは……」


 達也の額を伝う雫を見る限り、これは過去に何かやらかしたな、こいつ。

 でも、その教訓を俺に話してくれたということは、達也の失敗は無駄にはならなかったってことだ。感謝します。


 「――と、とにかく」


 達也はわざとらしい咳払いで、強引に話をもとのレールに戻していく。


 「結衣ちゃんもあの性格だから、絶対に洋服選びには神経使ってくると思う。だから、それを褒めなかったら、確実に絶対に一億万パーセント終わる。しょっぱなからコケる。そのままずるずるいったらワンチャン別れるかも」


 「そ、そんなに……⁉」


 「あぁ、これは誇張でもなんでもなくて、ほとんど確実なことだ。真理と言っても過言ではない」


 「お、おう……」


 ものすごい迫力でそう言っている達也を見ると、今のは嘘でもはったりでもなく、心の底から警告を出しているんだろう。

 ってか、絶対達也、過去にやらかしただろ。明らかに客観的な視点よりも主観の方が強く感じるんだが。


 「そしたら、問題はディナーだな」


 「やっぱりそうだよな。クリスマスまでにしっかりコース料理の勉強とかしておかないと――」


 「――伊織、お前は馬鹿か? それとも阿呆か?」


 「おい、達也。勉強するってなったら、俺はガチで勉強するぞ。それに何だ今の。どっちにしろ俺のことけなしているだろ」


 「けなしていないと言ったら嘘になるが……。いくらコース料理の作法を勉強しても、実践がなけりゃ意味ないし、理論頼りでできるようになるほど甘くなないだろ」


 「は……? そんなの、やってみなきゃわかんねぇだろ」


 「わからずやだなまったく……。ほら、勉強だって『問題演習でアウトプットをしっかりしろ』って、伊織いつも言ってんじゃないかよ」


 「うっ……た、たしかに」


 達也に勉強のことを引き合いにされて論破されるとか、めちゃくちゃ恥ずかしいんですけど……。


 「つ、つまり……。クリスマスまでにアウトプットすれば――」


 「そんなに時間もないし、何回も行けるほど高校生の財布は潤沢ではないだろ」


 「そ、そうっすね……」


 何を言っても達也に言いくるめられるこの状況――何か……嫌だ。達也がすげぇ大きな存在に見えてくる。


 「――まぁ。俺みたいに恋愛経験豊富でない伊織くんのために一つだけアドバイスをしてもいいんだけど……どうします?」


 うわっ、達也の野郎、目を大きく見開いて口角を吊り上げながらニヤニヤと尋ねてきた。こいつ、絶対煽ってるなこれ。

 しかし、絶望的な案しか思い浮かばない俺にとっては、この煽りすら天啓なのだ。これを断ってしまえば、クリスマスはあの夢が現実のものになってしまうだろう。


 「達也……教えてくださいお願いします」


 「ふむ、よろしい」


 くそ……なんで今日に限って達也に二度も頭を下げなけないといけないんだ……。自分の経験の無さがここで痛みとなってしまうとは……。


 「恋愛初心者がディナーで失敗しないのは――ズバリ、『ビュッフェ』だな」


 「ビュ、ビュッフェ……?」


 「もしかして、知らないのか? ならバイキングって言えば伝わるか……?」


 「あぁ、それね。し、知ってたし……⁉」


 「まぁ、いいか……。ビュッフェなら、高級そうに見える店内でも案外敷居は高くないと思うぞ」


 「おぉ、さすが達也パイセン。マジでさすがっす」


 ビュッフェ、ビュッフェ……。しっかりとメモしていく。


 「つまり、これまでの話をまとめると服装にしろ、ディナーにしろ、とにかく見栄を張ることよりも『身の丈に合ったデートをしろ』というのが結論だな」


 「『身の丈に合った』か……」


 「そうだ。お洒落をするなとはいってないし、むしろしないと、それは相手のテンションもガタ落ちもいいところだろう。だが、無理してまでする必要はない」


 「そうだよな……」


 「あ、あと一つ言い忘れてた」


 達也はそう言葉を付け足す。


 「プレゼントは決めたか?」


 「あ、まぁ……うん」


 プレゼントだけは前々からどれにしようかは考えていて、そろそろ買いに行こうかと思っていたところだった。


 「考えてるなら俺が辺に口出ししない方がいいよな……」


 「いやぁ、マジでありがとうございます。これで正夢にはならずに済みそうだ」


 「それはよかった。『デートがきっかけで別れました』なんて言われたら、俺と佳奈ちゃんの立ち位置がわからなくなっちゃうからな。成功失敗云々より、とにかく雰囲気を大切にしろよな」


 「う、うすっ!」


 高岡伊織、なんだか自信が付いてきたような気がする。

 クリスマスが待ち遠しいぜ!

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