第158話 食い倒れ

 金閣寺はその建物だけではなく、周辺の日本庭園も見どころの一つになっている。

 なんかもう……ものすごくよかったし、やばかった(語彙力とは)。


 金閣寺を見終えた外国人観光客の一部も、その景色に「ウ~ン、ジャパニーズガーデン! フゥ~‼」と唸りをあげている。

 金閣寺を見たらそのままさっさと引き上げてしまう人もいるだけに、きっと今の人は日本庭園の良さを知っているに違いない。通な人もいるもんだな。

 さすが日本が世界に誇る「ジャパニーズ・わびさび」。インパクトが他の観光地を圧倒している気がするぜ。


 金閣寺の観光を終えると、時計の針は十二時を過ぎ。いよいよ三日目も後半戦に突入する。


 バスに乗ること十五分。西大路三条駅から嵐山本線、通称「嵐電」と呼ばれる路面電車に乗り込む。

 速度をあまり上げることなく進んで行く電車は、京都という長い歴史を持つ街並みのゆったりとした時の流れを体現しているようだった。


 もしこれが在来線のように速く走っていてたら、それこそ風情も趣もあったもんじゃないだろうな。このワンマン電車だからこそ出せる味でもある。


 それから二十分後。俺たちは終点であり目的地でもある嵐山駅へと降り立った。


 「こ、ここが……嵐山……」


 改札を出てすぐに感じる「圧倒的強者感」に、思わず背筋がピンと伸びる。

 春には満開の桜が周辺を桃色に染め上げ、夏は青々とした深緑が空気を透き通らせる。そして、秋には紅葉が山々に色とりどりの模様を付け、冬には山一面にかかる雪化粧と、四季折々で全く別の顔を見せてくれる。


 それゆえ、京都の数ある観光スポットの中でも、一年を通して抜群の人気を誇っているのが、ここ嵐山なのである。

 いざ、京都の景勝地へ――と思ったが、足を一歩踏み出す前に、俺たち四人のお腹の虫が一斉に音を立てた。


 「――みんな、お腹……空いたよね?」


 「う、うん……」


 「恥ずかしながら……」


 「俺も腹減ったわ~!」


 全員一致で空腹状態。「腹が減っては観光ができぬ」とはこのことを言うのか。いや、何かが違う気がするが……まぁいいだろう。


 「じゃあ、どこかお店探して食べようよ――」


 どこかお食事処でも探そうかと携帯を取り出し、「嵐山」と検索エンジンに打ち込んだところで、「嵐山 食べ歩き」というワードに吸い寄せられる。

 気になって調べてみると、どうやら嵐山駅前のこの道路一帯には食べ歩きできるお店がたくさんあるらしい。

そう言われてみれば、たしかにそこらじゅうからいい匂いがふわふわと香ってきている。

 「なんかいい匂いするな~」と思ったら、そいつの正体はそれだったのか。


 嵐山には高級な旅亭は多いが、カフェや食べ歩きもそれに負けないくらい充実していて、観光するにはちょうどいいとネットには書かれている。


 「ねぇねぇ、みんな。お食事処もいいけど、どうせなら『食べ歩き』してみない?」


 「た、食べ歩き、だと……?」


 俺の言葉にいち早く反応したのは達也だった。ついでに達也のお腹の方も「ぐぅぐぅ」と唸っている。どんだけ腹減ってるんだよ。


 「いいね~食べ歩き。そうすれば時間も上手く使えそうだし」


 「たしかに! 佳奈の言う通りだよ!」


 佳奈さん、結衣も食べ歩きに意欲を示してくれたのを確認して、早速お店に向かう。

 俗に、「京都の着倒れ、大阪の食い倒れ、江戸の飲み倒れ」と言われるが、京都・嵐山もそれに負けないくらい十分食い倒れができそうだ。いや、それで本当に財布がすっからかんになったら困るけど。


 そんな冗談が現実になるくらいに嵐山の食べ歩きは「マジ」だった。

 「四人で一緒に回っていては食べ歩きを制覇できない」という佳奈さんの意見から、俺たち四人は別行動をして食べ歩きグルメを買い、桂川沿い、渡月橋をすぐ目の前に望むベンチに集合とだけ約束し、それぞれ散っていく。


 ――そして十数分後。

 約束の場所に集まった俺たち四人は、それぞれが買ってきたものを順番に並べていく。

 最初は「おいしそう~」とか「やべ~!」とか言っていたが、それがしばらく続くと、次第に言葉数が減っていく。


 「おいおい、こんなにあるのかよ……」


 そして最終的に木製のベンチに並べられた品々に、俺たちは完全に言葉を失ってしまった。

 インスタ映えしそうなおしゃれなマークの付いたカフェラテに、「それ本当に一人分⁉」と疑いたくなるようなくらいに大きいみたらし団子。

 抹茶の餡を使用したたい焼きに、スパイシーな香りを飛ばしているきつね色に揚がったカレーパン。逆さにしても垂れない濃厚なソフトクリームに金賞受賞のコロッケにわらび餅――。


 みんな少しずつしか買ってきてはいないけど、「塵も積もれば山となる」的な感じで、少しが積み重なってベンチから溢れんばかりの品数となったのだ。


 「これは……食べ歩きというよりかはピクニックだね。あはは……」


 「結衣の言う通りだよ……。まさかこんなになるとは思ってなかった」


 「そ~ね。食べ歩きどころじゃなくなっちゃったね……」


 「まぁ、いっぱい食べれるんだからいいんじゃね?」


 達也だけはこの状況をむしろ肯定的に捉えている。すげぇ、メンタルしてるなお前は。


 「で、でもっ!」


 結衣が沈みかけた雰囲気を持ち直そうと、明るい声でそう切り出した。


 「みんなで食べれば実はそんなに量はなかった……みたいになるかもよ!」


 「そ、そうだね。ここには運動部の達也もいるし、きっと大丈夫だよ、きっと!」


 「おうよ! 男子テニス部を代表して、嵐山の食べ歩きグルメをぺろりと完食してみますよ!」


 「じゃあ、早速食べよう!」


 「「「うん!」」」


 たしかに量は多いけど、それでもこうしてみんなで買ってきたものを囲んで食べるのがこんなに楽しいとは思ってもいなかった。

 とにかくおいしい。どれもこれもが絶品で、頬が何回落ちてしまったことか――。


 しかし、楽しいと感じていた時間は最初の方だけで、当初の嫌な予感は見事に的中することになった。


 「――も、もうお腹いっぱいで動けないっす……」


 「わ、わたしも……」


 「それな……」


 ………………………………。

 ………………。

 俺たち四人は完全に物理的な意味で「食い倒れ」てしまう寸前だった。


 ――みんな、食べ歩きグルメの買い過ぎには注意しようねっ!

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