第140話 始まり

 それからはあっという間だった。

 三日目、四日目の完全自由班も、班決め翌日には、達也と佳奈さん、結衣、そして俺といういつもの四人であっさりと決まった。


 二日目のルート決定も、女子三人を中心に、行きたいところをピックアップしてもらった。

 そして、それを俺が無理のない範囲で調整するという流れが上手く機能し、誰かの意見が反映され過ぎたり、逆に抑制され過ぎたりすることなく、ちょうど良いところできめることができた。


 ただ、北間さんや高橋さんも、三日目、四日目に同じ部活の人と観光をするらしく、結局、二日目は清水寺を中心に、京都駅から東側を回ることになった。


 二日目の予定が決まると、必然的にその後の予定も決まってくるわけで。

 三日目は、二条城経由からの金閣寺とその周辺にある寺院、神社をめぐり、そしてさらに西へ進んで紅葉シーズン真っ盛りの嵐山へと向かうことになった。


 定番と言えば定番ではあるが、京都の名所という名所をくまなく訪れることができるフルコースではないだろうか。

 ちなみに、四日目は午前中の短い時間しか残されてはおらず、佳奈さんの「京都駅周辺をぶらぶらと散策してお土産を買いたい」というご意向ですんなりと決まった。


 ――そして今。

 俺は薄暗さが残っている明け方の道を歩いていた。

 十一月に入ったこともあり、さすが霜月と呼ばれるだけのことはあるようで、とにかく寒い。


 そりゃ北の方の地域に比べたらまだ暖かいとは思うけど、何せ、こんなに朝早く起きることはしばらくなかったからな……。

 コートの隙間を手で埋めながら、駅への道を歩く。


 今から小田原駅へと向かうのだが、結衣さんと佳奈さんは同じ中学校で最寄りが同じであるため、俺と達也の最寄り駅まで一緒に来るらしい。

 そして俺と達也が、二人が乗ってくる電車に合流する形で四人一緒に小田原駅を目指す。


 そびえたつ駅ビルが見えてきたところで、誰かが駆けてきて、俺の後ろまで来ると、肩にポンと手が乗せられる。


 「よぉ、伊織、おはよ~」


 「おぉ、達也か。おはよ」


 すると、達也はその手でポンポンポンポンと肩を叩き始める。


 「伊織、ついに今日から修学旅行だな!」


 達也はこんな朝っぱらなのにものすごく元気そうだった。っていうか、痛い痛い痛いっ!


 「おい、達也。いい加減にしてくれ。俺はまだ完全に起き切ってないんだ。ぶっちゃけ今自分がまっすぐ歩けているのかすら怪しいんだ。だからまだお前のハイテンションには付いて行けない……」


 「そんなつれないこと言うなよ! 会話してれば脳もシャキッとしてくるだろ……?」


 達也はそう言うと「修学旅行楽しみだな~」とか「舞妓さんいるかな~?」とかを次から次へと続けていく。

 俺と会話したいと言ったのは達也のはずなのに、こんなに一方的にしゃべりかけられてしまったらもはや会話ですらないだろ。


 「――オーケー達也、ドードー」


 「それでな――ってどうした……?」


 馬が興奮したときに落ち着かせるために使う掛け声を試しに使ってみると、達也はそのマシンガンのような口を閉ざした。うぉ、こいつ馬だったのか……?


 「そういえば、結衣たちが乗ってくる電車って何分発だっけ?」


 俺がただ電車の時間が知りたかっただけなのに、達也は俺の顔を凝視したままぽかんとした表情をしている。


 「……え、達也……? どうかしました? 俺今変なこと聞いたっけ……?」


 「いや、そうじゃなくて……」


 「じゃあ、何だってばそんなびっくりした顔してんだ……?」


 「い、今……結衣ちゃんのこと……『近藤さん』じゃなくて、『結衣』って……」


 「――えっ、今頃……?」


 「俺、海水浴の後半からそう呼んでたけど……もしかして知らなかった?」


 「い、今知った」


 「そ、そっか……」


 あの場には達也もいたから、てっきりそういうことは知っているのかと思ってた。

 佳奈さんですら知っているであろうに、恋愛事情にはかなり敏感な達也が知らなかったということに、逆に俺がびっくりしてしまった。


 「ってことは、だいぶ結衣ちゃんといい感じになってきてるってことだよな!」


 「まぁ……色々あったけどな。それなりには仲良くはできてると思う」


 「『色々』ってなんだよ。めっちゃ気になるじゃんか……」


 「そこは聞かないでくれ。本当に色々あったから……」


 「そっか……。伊織がそこまで言うならこれ以上は詮索はしない。でも、今のお前の表情を見てれば、大丈夫ってことはわかるぞ」


 「そうか、それは嬉しいな」


 文化祭をめぐっては、結衣との関係が南極並みに冷え切ってしまった時間もあっただけに、こうして修学旅行を一緒の班で回ることができるのは、本当に驚きだ。

 今の関係が真夏の熊谷のようにアツアツとまでは言うことは自分ではできないが、きっと今は小春日和のぽかぽかとした陽気くらいにはなっていると思う。


 「――お、佳奈ちゃんからメッセージ来た。そろそろここに着くってよ。俺たちもちょっと急ごうぜ」


 「そうだな」


 俺と達也は急ぎ足で改札をくぐると、結衣と佳奈さんが乗っている車両の前に立って待つ。

 それから数分も経たずに電車がホームに流れ込んできた。

 ドアが開き、そこに乗り込むと、結衣と佳奈さんの姿があった。


 「あ、達也に伊織くん、おはよ~」


 「佳奈さん、おはよ~」


 「おっはよ~!」


 「達也、何そのハイテンション、ちょっとあんまりうるさくしないでよね。そうじゃないと結衣が――って、あ……」


 佳奈さんの視線の先には、佳奈さんの肩に頭を預けてすやすやと眠っている結衣の姿があった。

 しかし、達也の声のせいか、結衣は身体を起こし、目をこすりながらその目を開いた。


 「んん……佳奈、今どこ――って、うわっ!」


 結衣は飛び上がりそうな勢いで声を上げる。


 「ど、ど、ど、どうして伊織と宮下くんが?」


 「そりゃ、着いたから」


 「着く前に起こしてって言ったでしょ⁉ 恥ずかしいよぉ……」


 「ごっめ~ん、忘れてた」


 佳奈さんは「てへっ」とした表情で結衣に向かう。達也にハイテンションと言っていた佳奈さんも十分ハイテンションな気がする……。


 「――とにかく。もう電車発車するから、達也も伊織くんも席座ったら?」


 そう言って佳奈さんは結衣との間に二つ分の間を取って座り直し、そこに俺と達也が腰掛ける。


 「――さて。四人そろったし、やっと修学旅行スタートって感じだね」


 「そうだな! 楽しみだっ!」


 「よ~し。いざ、出発っ!」


 達也と佳奈さんの声を受けて――かどうかは知らないが(たぶん違う)、俺たちを乗せた電車はゆっくりと動き出し、まず最初の目的地、小田原へと向かい始めた。

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