第135話 しりとり
何かを楽しんでいるとき――例えば、本を読んだりダラダラとテレビを見ているときは時間があっという間に過ぎてしまうのに、こうして何かを楽しみに待つ時間が長く感じてしまうのはなぜだろうか。
授業中、時計をチラチラと見ていたが、進んでいるのはほんの数分。
お前たち、本当は俺が見てないところでサボって分針秒針の動きを止めているんじゃないだろうな、と思ってしまうくらいの流れの遅さだった。
それは結衣も俺と同じように、午後のホームルームが待ちきれずにいたのだろう。
俺がノートを取っていると、机の角っこにノートの端切れを小さく折りたたんだ紙がそっと置かれた。
それを手に取ってみると、「修学旅行しりとり♪ 最初は修学旅行の『う』から!」と書かれていた。
ふむふむ、なるほど。修学旅行に関するワード縛りがあるしりとりか……いいね、結衣さんってば粋なことしますねぇ!
俺はシャーペンの下ろす先を授業のノートからその紙にシフトする。
「『う』か……。意外とすぐには見つからないもんだな……」
普通のしりとりなら、「しりとり→りんご→ごりら→ラッパ」っていう定石があるんだけど、今回はスタートの文字も違うし、「修学旅行」という縛りも存在する。
「あっ、あれがあるじゃん……」
俺はその紙に「運転手」と書いてそっと隣の席に置く。
運転手は修学旅行には必須でしょ。じゃなかったら、誰がバス運転するのってなるよね。
そっと隣を見ると、結衣はノートを取っている――ように見えて、実は隣でせっせとしりとりの紙にペンを走らせていた。
そしてまたすぐに紙が返ってくる。結衣が書いたのは「首里城」だった。
しゅ、首里城……?
授業中、先生の話しか聞こえない中、盛大にそう叫びそうになったが、必死で堪える。
ちょっとちょっと結衣さん結衣さん……。俺たちが行くのは京都と奈良ですよ……?
首里城ってしりとり的には「しゅ」でジャストフィットなんだけど……ねぇ。
まぁ、でも。修学旅行で沖縄に行く高校もあるみたいだし、それは大目に見てセーフということにしよう。
「また『う』か……」
どこか「う」で始まるお寺とかないかな……。
伊織ペディアの脳内検索エンジンをかけてもヒットしない。うむむむ……。このままだと時間切れで負けになってしまう。ひねり出せ、考えろ……。
と、そのとき、前方で水筒を呑んで水分補給している生徒を見かけたところで、ピンと思いつく。水筒→水分→お茶→宇治抹茶!
俺は首里城の後に「宇治抹茶」と書いて結衣に渡す。
いやぁ助かった。前に座ってる君、ナイスっ!
しかし、俺が「宇治抹茶」と書くことが読まれていたのか、ほんの数秒して紙が戻ってきて、そこには「薬師寺」と書いてあった。
薬師寺となると、次は「じ」か……っと、あれがあるじゃないか!
俺はさっきの結衣並みの早さで「慈照寺」と書いてすっと結衣の机に置く。
結衣はその早さにびっくりしたのか、「えっ⁉」みたいな表情を浮かべている。
「じしょうじ……?」
結衣は一瞬「何そのお寺?」とみたいに首をかしげていたが、「あ、あぁ、銀閣寺のことか!」とすぐに納得したようで、またその続きを考え始める。
だがしかし戦いは非情なものだよ、結衣さん。悠長にはしていられんのだよ……。
ここでついに寺院へとしりとりの主題が移りつつある。
だが、これは言い換えれば「じ」縛りを発動させるということであり、先に「じ」から始まる寺院を言いつくしてしまえば、「じ」縛りの永遠ループに嵌ったしりとりを制することができるのだ。
結衣は授業のノートを取る手を休めてまで考え始める。ちらちらと結衣の方を見ているが、一向にシャーペンを動かす気配がない。
ちなみに、伊織ペディアには今のところ「じ」から始まる語の検索結果はない。
つまり、結衣が次に寺院の名前を書いて紙を戻してきたとき、事実上の俺の敗北を意味する。
それから数分して、紙が返ってきた。
何を書いたのかなと、半分に折りたたまれた紙を開くと、「降参です!」という文字とともに白旗を上げた猫のイラストが目に飛び込んでくる。
しりとりには勝つことができた。しかし、俺は負けた。そのイラストに心を射止められてしまった。ズッキューンですよ、ズッキューン。
何だこのかわいい猫のイラストは!
めちゃくちゃリアル志向とまではいかないが、しかし、そのアバウトさがふんわりとした結衣さんオリジナルで、いい味を出している。
何と言ってもその二頭身がもうかわいい。結衣が描いているだけですらもうかわいいのに、それに加えてこの絶妙な顔と身体のバランス。
もうかわいい。うん、まじでかわいい。あぁ、もう……間違いなくかわいい(語彙力崩壊)。
ふとそこで結衣がこちらをまじまじと見ていることに気付く。
やっべぇ、こんなだらしない顔を見られてのかもしれない。俺はごまかすように笑顔でサムズアップ。
結衣はそれを見て「ふふふ」と小さく笑い始め、それにつられて俺も笑いがこみ上げてくる。
しかし、タイミングが悪かった。
ちょうど俺が笑い出したところで、どうやら先生がいつものごとく授業の合間に小ネタをぶっこんできたところだったらしい。
そんなことを知らずに笑っている俺に、先生が気付いてしまった。
「――おぉ、久しぶりに笑ってくれる生徒が出てきてくれて、先生は嬉しいよ……。笑ってくれてありがとう、高岡。それじゃあこの問題の答えをよろしく」
「ははは――ってはいっ⁉」
急に前方から名前を呼ばれる。焦って振り向くと、先生が嬉しそうな笑みを浮かべながら俺のことをしっかりと見つめている。
「え、えっと……どこの問題ですか?」
顔から火が出るかと思った。クラスのみんなの視線が一気に集まる。
えっと……そんなに視線が集中するとサーバーダウンするんでやめてください。お願いします。
これを機に、俺は先生の話を完全にシャットアウトして何か別のことをしないと固く心に誓った。俺の精神サーバーのためにも――。
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