第3章 2学期

文化祭

第112話 集団

 激動の夏休みが終わり、俺たちは今日からまた学校という日常に戻っていく。

 俺は相変わらずの遅刻ギリギリで教室に着くが、ドアを開けたときに入ってくる騒音は一学期のそれとは比べ物にならない程の大きさだった。


 ただでさえ夏休みが終わってテンションが上がり切らない中いやいや来ているというのに、朝からこの騒音を耳にするとなれば、俺の不快指数はものすごい勢いで上昇していく。


 なぜこんなにもうるさいのか。それは言うまでもなく夏休みの思い出をクラスメイトに共有したいからだ。


 きっとここにいて今ワイワイ話している人の大半はインスタやツイッターといったSNSを使っていて、夏休みの自分の思い出を逐一アップしているんだろう。

 だから話している相手が夏休みにどこに行って、何をして、どんなことを思ったのか、感じたのかというのはおそらく把握済み。


 それなのになぜまた同じような周知の事実を語り合うのか――それは一種の「マウント合戦」だからである。


 この教室の構図を第三者目線から客観的に見て見ると、それがよ~くわかる。

 まず、教室には数人のグループが絶賛存在中で、その中で誰かが順番にかつ均等な時間を持ってしゃべっているそれはまずない。


 その全てにおいてそのグループを統括するリーダー的存在が常に話の中心にいる。それどころか、そいつだけが延々と話しているグループすらも散見している。


 そいつ以外の誰かが話そうとしても、割り込むようにリーダー格が話を始めると、前の人の話なんていかようにも握りつぶされる。

 そしてそのリーダー格が話す内容というのが、「私、俺ってこんなにすごいんでしょ」アピール全開の自慢話、というわけだ。


 自分のステータスに甘んじ、それを謳歌して、他人にそれを羨ましがられるような口ぶりで巧みに誘い込み、あたかも自分はそこまで外れ値的なことはしていないのに、一般庶民からしたら到底できないようなことに話がすり替えられているのだ。


 それに気づいてもそれを指摘しようものなら、明日から自分の居場所がなくなってしまいかねない。そうやって思ったことを口にすることすら憚れるのが、ここに存在しているグループに根付いてしまった闇でもある。


 俺はそこまでして集団で行動しないと生きていけないような存在にはなりたくない。というかなるつもりもない。

 そんななれ合いと妥協と押し殺し合いで成立すしているような紐帯ともいえないものに固執するほど俺はお人好しではないからな。


 そんな会話ないし特定人物の演説の数々を横耳に挟みつつ、俺は自分の席へと向かう。


 「――お、おはよう……伊織」


 隣の席に腰掛けている結衣が口元に手を当てながら小さくそう言った。


 「お、おはおう……結衣」


 俺も努めて小さな声でそう返す。いや、教室が騒がし過ぎるから普通の声で話しても問題がないとわかってはいるけど、どこか保険を掛けるような形になってしまう。


 それもそのはず。だって俺と結衣の関係はもちろん、お互いがお互いを名前で呼び合い始めたなんて、ここにいる俺と結衣以外は誰も知らないのだから。


 万が一この会話が他人の耳に入ってみろ。このいくつもかわからないクラス中の目という目が俺たちに釘付けになり、尋問が繰り広げられるかもしれない。それだけは断固お断りだ。


 「みんな楽しそうにしゃべってるね……」


 結衣もきっとお友達と楽しくしゃべっていたのだろうけど、ここまでの盛り上がりになるとは思ってもいなかったのだろう。少し苦笑いを浮かべていた。


 「あはは……そ、そうだね。きっと休みボケが抜けてないんだよ」


 「そっか……休みボケか……」


 「ん? どうかした……?」


 「あっ、ううん。そしたらわたしもまだ休みボケが抜けてないなって思って」


 「結衣も……?」


 「うん。だってわたしも伊織と夏休みのこともっと話したくなってきちゃって」


 「そうなの……⁉ じ、実は俺も……」


 さっきまであんなにこの喧騒を見下すようにしていたのに、結衣の顔を見たら夏休みの楽しい思い出、大変だった思い出、悔しかった思い出が、次から次へと脳裏に浮かび上がってくる。

 俺の単純さというかちょろさと言うか、一貫性の無さを強く感じてしまった。


 「まずは……部活、本当に部活ばっかりの夏休みだったな……」


 「どうだね。休みをあんまりなかったんでしょ……?」


 「そうそう。でも、貴重な休みをみんなで海水浴に行ったり、伊織と二人でお祭りに行けて、本当に良かったな……」


 「そう……だね」


 ――海水浴と夏祭り。その二つのイベントはただ単純に楽しいという言葉ではまとめきれないほどの出来事が起こった。

 でも、結衣はそれらを掘り起こすのではなく、一つの思い出として「良かった」という言葉に集約しているのだろう。


 俺もそう思っている。何も「良かった」という言葉全てが肯定的なものに対しても使われるのではなく、痛みや苦しみといったことに対しても使われる。そういった経験が、自分を停滞から前に動くための原動力となるから……。


 それからすぐに喧騒にホームルームの始まりを告げるチャイムが混ざり込むと、毎回不思議に思うほど、その音が鳴るのと同時に柳先生が教室のドアを開ける。


 「――それでは二学期最初のホームルームを始める」


 そして俺たちの二学期が幕を開けた――。

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