第46話 喫茶店
「なあ、達也……どこまで行くんだよ」
「ああ、もうちょっとだから、もうちょっとだよ」
自転車に乗ってはや十五分。駅の方にはサイゼとかガストとか色々リーズナブルで高校生の財布には優しいお店がいくつも連なっているのにもかかわらず、達也は駅とは逆方向にペダルを漕いでいた。
俺は今からどこへ連れて行かれてしまうのか……。得体の知れない恐怖感が身体を包み込む。
それに、心なしか坂道を上っている気もする。
この辺りは起伏が激しくて、傾斜がきつい道もちらほらあったりもする。
そんな道を、前を走っている達也は鼻歌を歌いながらスイスイと駆けあがっていく。あいつの無尽蔵のスタミナは一体どこから来ているのだろうか。
……まさか、これが運動部と帰宅部の差というやつなのか? ……くそっ、現実というのは非常なものだな。
それから数分坂道を上り、だいぶ標高が高くなったと感じた頃、
「――伊織、着いたぞ」
前にいる達也から声がかかる。
そこには少しシックな外観の建物があった。周りには住宅もあまり見られず、そこが目的地であることはすぐにわかった。
俺と達也は雑草の生えた砂利道にチャリを止めると、そのまま中に入る。
「――やぁ、いらっしゃい」
中に入ると、いかにも喫茶店というようなゆったりとしたクラッシック音楽が流れていて、まるでここだけ外とは別の世界にいるんじゃないかって錯覚しそうだった。
窓際の席に案内されて腰を下ろしてしばらくすると、上品な髭を生やしたマスターらしきおじいさんがトレーにコーヒーカップを載せてやってきた。
「晃さん、こんにちは」
「はい、こんにちは」
達也はマスターと何やら親しげに会話している。
俺はその二人の会話に入ることができず、ただ見つめるしかなかった。
「――それで……君が……伊織くんだね」
「えっ……? あ、はい」
「そっか。会うのは初めましてだったね……。ここの喫茶店でマスターをしてる森岡晃だよ」
「は、はい。こ、こちらこそ初めまして……た、高岡伊織と申します」
こんなザ・大人代表みたいな人に話しかけられたことなんて初めてだったから、めっちゃ緊張した。
「……くくくっ」
俺が緊張しながら会話を返している横で、達也が口とお腹を押さえて笑いを必死に堪えていた。
「な、なんだよ達也……」
「なんだよ、じゃないって伊織……今晃さんと話してたお前の顔がマジでツボったわぁ……」
「ツ、ツボったって……」
人の話している顔をそんな風に見てるなんて、達也くんはいけない子だねまったく!
「――そ、それにしても……」
まだ笑っている達也はほっといて、俺はここに来てからずっと気になっていた疑問を晃さんにぶつける。
「晃さんと達也って……もしかしてお知り合いだったりするんですか?」
「ああ、そのことだね……」
晃さんは一度達也に視線を向け、また俺に視線を戻す。
「達也くんはね……私の兄のお孫さんなんだよ」
「お、おぉ……⁉」
頭にクエスチョンマークが点灯する。
「え、えっと……つまり、お兄さんのお孫さんってことは……」
甥っ子……? いや、それは違うな……。
「えーっと……それはね、大甥っていうんだよ。俺は晃さんの大甥」
そう言ったのは達也。結構ドヤ顔なのはどうしてか……?
「へぇ、達也、お前よく知ってん――あぁ」
俺は達也の知識に賛辞を贈ろうとしたが、一瞬でその気持ちが風に吹かれた砂のように消えてなくなっていった。
……あの野郎、スマホで調べたな。
達也は表向き前を向いて話しているが、よく見ると腕の向きが不自然に曲がっている。それにちょくちょく視線が下に行ったり来たりしている。これは違いない。
「――達也、ダウト」
「ハ? ナンンノコト?」
「ごまかそうって言ったってそうはいかないぞ。その知識、ソースはネットだな」
「え、あ、バレた? あはは……。うまくいくと思ったのに……」
達也は「テヘペロ☆」みたいな顔をしているけど、とりあえず無視をかましておいた。こういうときってなにか反応されるよりも無視される方がダメージは大きい。これは万国共通の理である(偏見)。
達也にはこの辺でノックアウトさせておかないと、あと後面倒くさくなりそうだからね。
「――それで? 中学のときにそんな話一度も聞いたことが……」
それもそうだ。こいつとは中学のときからの仲だから、そいういうことがあればこいつは絶対に俺に話してくるだろう。
「そりゃ伊織は知らないだろうよ……」
「……と言いますと?」
「だってこの店は――今年の春にできたばっかりだから……ね、晃さん」
「な、なるほど……」
それは俺が知らないのも当然だ。達也とは一年生のときは同じクラスだったけど、進級してクラスが別々になってからというものの、学校内ですれ違うこともなかった。
だから、こうして話をすることもほとんどなかった。というか二年生になって初めて話した気がするな。
「うん、そうだね」と晃さんは昔を懐かしむように、目を細めて窓の向こう側を見つめながらぽつぽつと語り始めた。
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