第44話 印象

 ――達也、お前こういう性格の人がタイプだったのか?


 俺はそう突っ込みたくなっていてうずうずしていた。でもそれを聞いたらいけないことくらいは分かっているつもりだ。

 だってそれは、パンドラの箱だから。

 明らかに、この人――武田佳奈は性格が強い。我が強い。初対面でそう感じた。 


 「――あの、高岡くんさ……」


 「は、はいっ!」


 佳奈さんのちょっと低い声が俺の身体を貫き通す。

 そして、さっきしれっと「佳奈さん」なんて呼んでいたことに気がつく。

 なに初対面の人に気安く下の名前で呼んでるんだ! しかもこんなに怖そうな人に! ヤ、ヤバい……殺される!


 死期を悟り、思わず目を瞑る。しかし帰ってきた言葉は、予想を遥かに超えるものだった。


 「あの……そんなに改まらないでくれる? 私、こう……なんか同級生に敬語使われるとアレルギーっていうか、身体がむず痒くなるんだよね……。だからさ、お互いタメでいこうよ、ね!」


 そういって武田さんはニカっと笑った。その笑みは、彼女の明るい性格を如実に表していて、さっきまでの怖いという印象が段々と薄れていく。


 「そ、そう言われましても――」


 「はい、そこ! もう敬語になってるじゃん!」


 「……え、えっと、ごめんなさ――いや、ごめん」


 「別に謝ることじゃないけどね……まあ、いっか。あ、あと。私のことは『佳奈』でいいからさ。私も『伊織くん』でいいよね」


 「う、うん……よろしくね、佳奈さん」


 「はいよ」


 うわぁ。なんかものすごく強引に決められちゃったな。しかも、「佳奈」でいいのかよ。とりあえずさん付けはしておいたけど。


 何とか一段落して(したのか?)、横――近藤さんの方に目を向けると、


 「佳奈に彼氏……佳奈に彼氏……佳奈に…………」


 何かに憑りつかれてしまったかのように、同じフレーズをひたすらにつぶやいていた。瞬きすらしていない。ちょっと、そのままだとドライアイになっちゃうよ……?


 「こ、近藤さん……?」 


 「……に彼氏――はっ!」


 俺の呼びかけで近藤さんは我を戻すことができたようだ。


 「だ、大丈夫……⁉」


 「あ、うん……。ちょっと驚いちゃっただけだよ。いやぁ、まさか佳奈に彼氏さんがいるなんてね……わ・た・し、知らなかったよ。ふふふ」


 最後の「わたし」にものすごい何かが含まれていたような気がするけど……気のせいか。近藤さんは笑顔だし。気のせいかな、きっと。うん、きっとそうに違いない。


 「――ご、ごめんて結衣……。なかなかいうタイミングがなくてさ……ホントごめん! このとおり!」


 佳奈さんは近藤さんの近くまで行って両手を顔の前で合わせると、そう言ってすがるような表情を浮かべる。

 へぇ……。あんなに怖いと思っていたけど、案外そうでもな気がする。


 人の第一印象は見た目で決まるとよく言われるけど、それは当たりであり、また間違いでもある。

 たしかに、初対面の人であれば、見た目から大体の人となりを想像してしまう。これはどうしようもないことであり、誰もがそうするであろう。


 しかし、それはあくまでも第一印象。

 大切なことは、その第一印象をその人のすべてと決めつけないことだと思っている。


 今回――佳奈さんのように、ぱっと見はヤンキーに見えなくもない(ごめんなさい)。

 ただ、ひとたび会話すれば、その見た目が全てではなく、今近藤さんに見せているような女子らしい側面も見えてくるのである――。


 「――高岡くん?」


 声のする方に顔を向けると、そこには、不思議そうな顔をした近藤さんがちょこんと立っていた。


 「どうしたの、高岡くん? なんかぼーっとしてたけど……」


 「あ、あぁ、いや……何でもないよ」


 「そっかぁ。ならよかったよ」


 ふう、と肩をなでおろす近藤さん。こういうちょっとした変化にも気づいてくれてくれる優しいところが、俺が好きになったところの内のひとつなのかもしれないな。

 なーんて思っていると、


 「――何ニヤついてんだよ、伊織」


 急に達也から肘鉄を喰らった。


 「……痛っ! べ、別にニヤついてなんかねぇよ……」


 「そっか、別に近藤さんの気遣いにときめいちゃったんじゃなかったんだ。そっかそっか」


 「うっ……」


 大体合ってるから怖いんだよな、こいつ。まあ、これだけ鋭いのは恋愛に関して、だけどな。

 俺はこれ以上近藤さんの前で恥をかきたくなかったから、強引に話題転換を図る。


 「そ、そういえば、達也と佳奈さんは、どういった経緯で?」


 「はぁ? どういったって……そりゃあもちろん部活だよ、部活」


 「――あ、あぁ」


 そっか。達也はテニス部だった。それに、佳奈さんは、この前近藤さんを部活に迎えに来てたから、近藤さんと同じ部活、つまりテニス部ということになる。

 達也と佳奈さんの出会いの謎がやっと繋がった。そう一人で納得していると、


 「――た、大変だ‼」


 腕時計を見た近藤さんが大声を上げたと思うと、慌ただしく荷物を拾い上げ始める。


 「か、佳奈! もうそろそろ練習始まっちゃうよ! 送れちゃう!」


 「え、嘘……ってマジじゃん。ヤバっ。もう行かないと……。じゃあまた今度ゆっくり話でもしようね……伊織くん。あ、あと達也も……じゃ、じゃあねっ」


 「あ、あぁ……」


 「じゃあ、また明日。ばいばい、高岡くん。……と佳奈の彼氏さん」


 「うん。ばいばい近藤さん」


 「じゃあね、佳奈ちゃん……。ってそういえば近藤さんにはまだ自己場開してなかったね……。俺は宮下達也。よろしくね……結衣ちゃん」


 「えっ……あ、は、はい、こちらこそ……宮下君。そ、それじゃあ」


 近藤さんと佳奈さんは最後はバタバタと走って昇降口を出ていった。 

 俺たちはその後姿を静かに見送った。


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