第32話 武田佳奈という女の子

 時は遡ること、四年前。

 わたしがまだ中学校に入学して何日も経っていなかったころ。


 「――はい。それじゃあ入部希望者同士でペア作ってください。今日はそのペアで活動してもらいますからね」


 中学一年生の春。テニス部の仮入部。

 わたしたち一年生は、一年生同士でペアを作って練習することになった。


 わたしは小学生の頃から習い事でテニスをしていたから、中学に入ったらテニス部に入ることは決めていた。

 ただ、入学以来、わたしはなかなかクラスに馴染むことができず、クラスに友達と呼べる人はほとんどいなかった。


 だから、ペアを探そうにも、誰に声をかけていいのかわからない。

 どうしようかと、わたしは周りをキョロキョロしていた、そのときだった。


 「――ねえ、よかったら私と組まない?」


 近くから声をかけらたので、そちらを振り向いたんだけど……。


 「えっ……」


 思わずそんな声が出てしまっていた。

 だって、声をかけてくれたのは、わたしより十㎝くらい背の高い女の子だったから。


 それに、背が大きいだけでなく、どこか大人びた雰囲気を纏っているような感じがして、自分と同じ同級生とは思えないほどの存在感があった。


 「どうするの? 組む? 組まない?」


 「え、えっと………」


 そして、このグイグイ感。

 正直に言って泣きそうなほど怖かった。

 ただでさえ人と話すことは得意ではないのに。


 それでも、声をかけてくれた女の子は、少しも視線を逸らすことなく、じっとわたしを見つめていた。

周りでは続々とペアが決まっていってるのが視界に入る。


 ………………………。

 …………

 ……よし。

 わたしは覚悟を決めた。


 「え、えっと……。わたしとでよければ……是非……ペアを組んでください」


 すると、その見た目怖そうな女の子は、それとは裏腹に、ニカっとした笑顔を浮かべると、


 「よし、決まりだね! ………あ、そういえば、まだ自己紹介してなかったっけ。えーっと、私は武田佳奈。よろしくね、近藤さん」

 

 そう言って手を差し伸べてきた。


 「――え?」


 わたしはその言葉に引っかかりを覚えた。


 「な、なんで……わたしの名前……知ってるの?」


 至極当然の疑問だ。

 わたしは知らないのにもかかわらず、初対面の相手が自分の名前を知っているのだから。


 「え? なんでって……。私と近藤さん、クラス同じじゃん」


 「――えっ⁉」


 わたしは驚きのあまり、場違いな声を出してしまった。

 周りから不思議そうな視線が次々と送られてきて、まともに目を開けていられないくらい恥ずかしい気持ちになった。


 「マジかぁ。もしかして、私と同じクラスって知らなかったの⁉」


 武田さんは差し出していた手を引っ込めると、そのまま顔を両手で覆ってしまった。


 あ、あれ……?

 もしかしてわたし、武田さんを怒らせてちゃった……?

 ま、まずい! 

 とんでもないことを言ってしまった!


 「え、えと、あの……。わたし、人の顔と名前を覚えるのあまり得意じゃなくて……えっと、その……ごめんなさい……」


 わたしはやんわりとした口調で謝った。

 すると、武田さんは、


 「ま、まあ……入学してから何日も経ってないし、その辺りは人それぞれあるもんね……。ん~、よし、わかった。じゃあこれからよろしくだね!」


 と、もう一度わたしに手を差し伸べてきた。

 お、怒ってない……みたいだね。ひとまず安心した……。


 「う、うん……。よろしくお願いします」


 わたしは、まだ若干の緊張が残って震えている手を恐る恐る差し出す。

 すると武田さんはそれをガシッと掴み、ブンブンと上下に大きく振った。


 「う、うわあぁ!」


 痛い痛い痛い痛いぃ~。

 びっくりしたのと痛いのが同時に襲ってきて、言葉が出せなかった。

 

 心の中で「やめて~!」と叫んだものの、そんなものは通じるはずもなく、武田さんはしばらくわたしの手をブンブンし続けた。


 そして武田さんは何かを思いついたようにピタッとその手を下ろすと、何かを思いついたような顔をして、私の方をまじまじと見る。


 「あとさ~。やっぱり、同い年だから、タメでいいよね? さすがに最初の方はさん付けにしたほうがいいのかな~って思ってたけど。何かぎこちなくない? っていうか私がもたないわぁ……」


 「た、たしかに…」


 武田さんみたいな人が誰かをさん付けで読んでいたら、なんとなく雰囲気とのギャップがあり過ぎて、不自然な感じがする。


 「ってことで、改めて、よろしくね、結衣!」


 「えっ、あっ……こ、こちらこそ、よろしくお願いします、武田さん」


 「こら~。タメにするって言ったでしょ~。結衣も私にタメでいいから。あと、下の名前で呼んでよね~」


 「えっ⁉」


 わたしが、武田さんにタメ口……⁉

 武田さんがわたしに、じゃなくて⁉


 わたしは、同級生、それも本当に仲のいい友達にしかタメ口では話していない。それ以外の人は全員敬語を使っている。


 それに、武田さんはとても同級生とは思えない雰囲気があって、わたしはどうしてもタメ口にすることに抵抗を感じてしまう。……仕方ない、よね?


 でも武田さんは腰に手を当てながら、「タメで話すまで口を利きません~」みたいなオーラを出している。

 しばらくのお互いが見つめ合って――結局、武田さんの勢いに押されてしまった。


 「じゃ、じゃあ。よ、よろしくね………か、佳奈」


 ん~、全然慣れそうにないなぁ、この呼び方………。

 そう思っていると、


 「うん、やっぱりそっちのほうがしっくりくるね!」


 佳奈はそう言って、その大きな身体でわたしのことを抱きしめた。


 「ちょっ、ちょっと~」


 佳奈はわたしの抵抗なんてまったくこれっぽちも気にしていないみたいだった。


 「結衣ってほんと小っちゃくてかわいい~♪」


 「あ、あはは……」


 佳奈に振り回されながらも、わたしはつい苦笑いをこぼす。


 ――それが、わたし、近藤結衣と、武田佳奈との出会いだった。

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