第31話 引き分け
「ごめんね、遅くなっちゃって……」
「おお~やっと来たよ……。遅いから約束無視して帰ったのかと思ったよ」
そう言って携帯をポケットにしまったのは、一緒に帰る約束をしていた友達の、武田佳奈ちゃん。
彼女はその持ち前の明るい性格と社交性の良さから、男女問わず友達が多くて、いつもクラスの中心にいる。
佳奈とは中学一年生ときに初めて出会った。
当時のわたしは今よりもずっと内気な性格で、佳奈みたいな太陽みたいに明るい人と面と向かって話すことなんてできなかったし、自分から話しかけようとも思ってはいなかった。
でも、部活という共通項のおかげで、かろうじてつながりを持つことができた。
そしてもうかれこれ四年近く佳奈と一緒に過ごしている。
だから、今ではかけがえのない親友として、同じ部活のメンバーとして、とても仲良くしている。
「結衣? 何か言うことがあるんじゃないのかなぁ……?」
校門を出たところで、ニヤニヤとした顔をしながら佳奈が尋ねてくる。
「え、えっと、その……」
「なにもったいぶってんのよ~。話してくれるっていう約束でしょ?」
「そ、そうだったね……あはは」
そう。体育際のリレーの後、わたしは佳奈に、高岡くんに告白するということを打ち明けた。
中学二年生あのとき、高岡くんに一目惚れしたことを最初に打ち明けたのが佳奈だったのだ。
だから佳奈は、「やっとか~。バシッと決めてきなさい! バシッと!」と背中を押してくれた。
あ、たしか「どうなったかはちゃんと教えてよねっ!」って言葉も付け加えていたっけ。
「――えっと、わたし、高岡くんとお付き合いすることになりました……」
いくら佳奈だとしても、自分に彼氏ができたことを堂々と言えるだけのメンタルはまだなかったから、言うのがすごく恥ずかしかった。
すると、佳奈は「わあっ」と言いながら私に抱きついてきた。ここ外だよ? 他の人に見られたらどうしよう……。
「ほんとに? よかったじゃん結衣!」
でも、佳奈はそんなわたしの心配なんて知るはずもなく、わたしを抱きしめる勢いをどんどん強めていく。
「ちょ、ちょっと佳奈……く、くるしい……」
でも、抱きしめる強さよりも、今は佳奈から伝わってくる温かな体温が心地いい。
「ありがとう佳奈……。佳奈のおかげで告白する勇気を持つことができたんだと思うよ。……本当にありがとう」
わたしの口からこぼれたのは、佳奈への感謝だった。わたしに勇気をくれた親友の顔を見て、目頭が熱くなる。
「ちょっ、結衣。ここ他の人も見てるし、泣くなら後にしなさいよ。なんか私が結衣のこと泣かせてるみたいになってるんですけどっ!」
いきなり泣きそうな顔になったのだから、さすがの佳奈も少し慌てる。
わたしはそんな佳奈の様子がおかしくてつい噴き出してしまう。
「ふっ……ふふふ。そうだ~、今まで散々佳奈にからかわれてきたから、佳奈にいじめられましたってことにしちゃおうかな~」
「ちょまっ……勘弁勘弁!」
佳奈はさらに慌てながら両手を顔の前で合わせている。
こんなに動揺した佳奈を見るのは初めてかもしれない。
しかし、そう思ったのもつかの間、佳奈はにやっとした笑みを浮かべると、
「結衣………あんた言うようになったわね……。これが、『愛の力』なのね……」
「――っ!」
わたしが優位になったかなと思ったら、思わぬところからのカウンター。これはさすがに予想していなかった。形勢逆転……。
「ちょ、ちょっと佳奈! 今降参したばっかりでしょ~。このうそつきぃ~」
「まあまあ、落ち着きなって。ここはおあいこってことで手を打とうじゃないか」
佳奈はわたしをなだめるように言った。
「ま、まぁ、おあいこなら……いいかな」
そしてわたしと佳奈はしばらく見つめ合う。
……………………。
…………。
「ふっ……ふふふ」「ははははっ」
見つめ合ってるだけなのに、なんだかおかしな感じがして、同時に笑いがこぼれてきた。
「何これ~にらめっこみたいじゃん」
「あはは。たしかに……。でも同時に笑ったから、また引き分けだね」
そんなくだらない話をしながら歩いていると、視線の先に駅が見えてきた。
すると佳奈は「そうだ!」と大きな声で言いながら、手をポンとたたく。
「結衣、この後暇?」
「え、この後? ん~……特に予定はないけど」
急にどうしたのかな。佳奈は何かひらめいたようで、その瞳をキラキラとさせている。
ん……んん?
わたしは佳奈の顔を見て、ある可能性が一つ浮上した。
こういう時の佳奈は何かとんでもないことを考えているじゃ……。
嫌な予感しかしないけど、わたしは佳奈の言葉を待つ。
佳奈は正面――つまり駅の方を指さすと、はしゃいだような口調で、
「ファミレス行って、結衣のお付き合いおめでとう会と決め込もうじゃないか!」
「あはは……」
――やっぱり。
わたしの嫌な予感は見事に的中した。まあ、こうなるんじゃないかってことはなんとなく予想してたけどね……。
まあ、佳奈にだったら色々助けてもらったし、今日は少しくらい寄り道してもいいかな。
「じゃあ部活のみんなも呼んで盛大にやろう!」
そう思っているうちに、佳奈は一人で勝手に話を進めていて、今まさにラインのグループトークに文言を打ち込もうとしていた。
「ちょ、ちょっと待ってよ佳奈!」
わたしは、暴走気味の佳奈を必死で止めにかかる。
「えっ? 何? どうしたの?」
「そのことなんだけど……。まだ皆には言わないでおいて欲しいの。まだ、付き合ってるっていう実感がわかなくて……。それに、こういう話ってすぐ広まっちゃうかもしれないでしょ?だから、みんなに言うとかそういうのは、高岡くんの気持ちも聞いてからにしたいな……と思ってさ」
「……ふぅ~ん。なるほどね……。結衣は結衣なりに考えてるんだ。……そっか。わかったよ。でもさ、私と二人なら……いいでしょ?」
「もちろん。佳奈となら、全然いいよ」
「よし、決まりっ! さあ、結衣の惚気話を聞いて聞いて聞きまくるぞぉ~!」
そう言って右手を大きく掲げながら佳奈はファミレスが立ち並ぶ方向へと走って行ってしまった。
「……まったく、佳奈は本当にせわしないんだからぁ」
わたしはそんな独り言をつぶやきながら佳奈の背中を追いかけた。
「いらっしゃいませ~。二名様ですか?」
あの後すぐに着いて入ったのは、緑の看板が目印の、お財布にやさしい値段設定で学生に大人気のファミレスだった。
席に着くと、とりあえずドリンクバーを注文した。
そして各自の飲み物を持ってきたところで、
「それで……? どんな感じだったの?」
佳奈はちゅぅーっとメロンソーダを飲みながら、まるで世間話でも始めるみたいな軽い口調で話を切り出した。
「えーっと、どんな感じって…? どこから話せばいいのかな?」
正直に言って、どう答えていいかわからないくらい抽象的な質問だった。
「そうだね……」
んーっと唸りながら佳奈は、
「じゃあ全部、かな」
「――っ!」
予想の斜め上をいく答えにびっくりして、盛大にむせてしまった。
「ぜ、全部と言われましても……」
「うん、掻い摘んで話してもらってもさ、私、たぶんそのときのシチュエーションをうまく想像できないと思うの。だったら、いっそのこと全部話してくれたほうが手っ取り早いかなと思ってさ~。そう思わない?」
「ま、まあ……たしかに」
普通じゃ考えられないような発言だけど、それが佳奈のスタンダード。
中学の頃から、佳奈はあの頃から全然変わってない。
そういえばたしか、あのときもそうだったような――。
わたしはふと、佳奈と過ごした中学時代を思い出していた。
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