第27話 繋がる記憶

 「……………………………へっ?」


 自分でもはっきりとわかるくらいに、とんでもなく間抜けな声が出てしまった。


 「え、えっと……近藤さん、今、何て……………?」


 もちろん、近藤さんの言葉は耳に入ってきていたのだが……。入ってきたからこそ、俺は思わずそう聞き返してしまった。


 「そんなに何回も言うのはすごく恥ずかしいよぉ……」


 そう言いながらも、近藤さんはもう一度口を開く。そしてさっきよりも小さめの声で、


 「……え、えっとね……好き……高岡くんのことが……好き……なの」


 近藤さんは顔を真っ赤にしていて、今にも頭から湯気が出そうなほどだった。


 「お、俺のことを……?」


 「うん…………」


 高岡伊織、若干十六歳。生まれてから今この瞬間まで、恋愛とは無縁な人生を送ってきた。

 そして、きっとこの先もそうなんだろうと思っていた。


 ――しかし。今、ここで。

 俺は、一人の女の子に、それも天使のような女の子に告白をされた。


 「……………………」


 ここに来るよう近藤さんからラインが来たとき、もしかして、とは思っていた。そしてその予想がこうして現実になった。


 いくらかの心の準備はしてきたつもりではあったが、しかしながら、まったくそれが通用することはなかった。

 なんせ、告白されるなんていう経験は今までゼロだからね。


 どんな対策をしようが、あくまでもそれは俺の中での妄想に等しいわけで。

 妄想だけでやっていけるほど、現実世界は甘くはない、ということだな……。


 俺が言葉に詰まっている間、近藤さんは今にも泣きそうなほど瞳を潤ませ、こちらの返事を待つかのように、じっと見つめている。


 と、とにかく何か言わないと……。

 早く返事を言うべきか? それとも――。


 俺は近藤さんをいつまでも待たせるわけにはいかないと思い、必死で返事の言葉を考える。


 ……だが。

 ん? 待てよ……? さっき近藤さんたしか――。


 俺は近藤さんのある言葉に、どうしても引っ掛かりというか、違和感のようなものを感じていた。

 しかしそれは、今回が初めてという感じには思えないのはなぜだろうか。


 「――ちょ、ちょっといいかな……?」


 「え、あっ……ど、どうしたの?」


 俺のそんな切り出し方に、近藤さんはびくっと肩を震わせ、委縮気味になっていた。


 「さっき、俺のことを、その……『ずっと』好きって言ってくれたじゃん?」


 「う、うん……」


 「俺、本当にうれしかった」


 「ほ、ほんとに……?」


 おそらく、まだ近藤さんの不安げな感じはそこにあり続けているのだろう。

 おろおろとした表情を浮かべ、期待と不安の入り混じった声で聞き返してくる。


 「うん、ほんとうだよ。……でも」


 「―っ!」


 その前置きに、近藤さんはさらに険しい表情になっていく。

 もしかしたら、今の俺の言葉で、これから言おうとしていることを、近藤さんは勘違いしているかもしれない。


 日本語のニュアンスの違いの難しさを痛感したいところではあったが、今はそんなことはしていられない。

 だから、俺はなるべく言葉の間が空かないようにこう続ける。


 「俺と近藤さんって、会っからまだ一か月くらいだよね。その……近藤さんはさっき『ずっと』って言ってたけど……もしかして、俺と近藤さんって昔どこかで会ったりしてたっけ……?」


 ――そう。俺と近藤さんが出会ったのは、二年生に進級した四月の中旬ぐらいだった。

 今は五月の中旬だから、出会ってからちょうど一か月くらいしかたっていない。


 それなのに「ずっと前から好きでした」と言われても、一か月前をずっと前とは普通は言わないと思う。

 だから、俺はそれがつっかえて――


 「あっ!」


 俺は思わず大きな声を上げてしまった。

 近藤さんもびっくりして瞳を大きく開け、身体を不自然な形で静止しながら、不思議そうな視線を送ってくる。


 「あ、ごめんね、いきなり大きな声出しちゃって……。ちょっと思い出したことがあって」


 そう、そうだった。

 近藤さんの「ずっと」という言葉に引っ掛かりを覚えたのは、これが初めてではない。

 たしか、あれは近藤さんと出会ったときだった。


 ――おはよう。高岡くん。


 そう声をかけられたときは、あまりの衝撃で、それ以外のことを考える余裕がなかったのかもしれない。


 しかし、今思い返してみれば、ある当たり前の疑問点が生じる。それは――初対面のはずの近藤さんが俺の名前を知っていたということだ。

 進級して間もないクラス内は、おそらくその半数以上がお互い初めましてで、そんなどこかよそよそしい雰囲気が漂っているはず。


 そうでなくても、俺は不運にも、一週間遅れて二年生をスタートさせることになってしまった。

 よほど物好きな人でない限り、進級初日から休み続けている人の名前をわざわざ覚えるなんて、そんなことは普通はしないだろう。


 そんなことをするくらいなら、今教室にいて顔を合わせている人の顔と名前を覚えた方がずっと建設的だし、合理的だ。


 ただ、近藤さんはとても優しい人で、どっちだったのか定かではなかったから、前者の可能性を完全に否定することはできないでいた。

 まあ、どちらにせよ、俺がああだこうだ邪推するよりも、今ここであのときのことを含めて近藤さんに直接聞いてみるのが良いだろう。


 「――近藤さん……。さっきのことなんだけど……」


 俺の質問に、近藤さんは口を小さく開け、俺の言葉の意味を咀嚼するかのようにパクパクと動かし始める。

 しばらくすると、はっと、何かを思い出したような表情を浮かべると、


 「あっ……そうだ。先にそれを言わないといけないんだった……。わたし、いきなりなんてことを……。あぁ、ほんとうに恥ずかしい………」


 近藤さんは両手を顔に当てて、そのまま身体ごと後ろに向けてしまった。自分の真っ赤に染まった顔を見られたくなかったのだろうけど……。

 耳まで真っ赤だよ、なんて口が裂けても言えないだろうな……。


 近藤さんはそのまま何回か深呼吸をして、熱を帯びているのであろう自分の頬をパタパタと仰ぎながら、ゆっくりと落ち着いた様子でこちらに向き直る。


 先ほどまでの不安げな表情を見せてはいたが、しかし、そんな中に、近藤さんの瞳からは何か決意めいたようなものが映っているように見えた。


 「…………」


 俺はそれを見て、近藤さんの真剣さに思わず息を呑む。


 「あのね――」


 そして、近藤さんは静かに語り出した。

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