第14話 不要の仕事

「体、起こせる?」


 荊はアイリスと膝を突き合わせて対面するように座り直した。地面でくしゃくしゃになっている布を拾い、肩にかけてやる。催淫状態のアイリスは羞恥心も薄れているのだろう、彼女はそれで身を隠すようなことはしなかった。白く丸い乳房はふるると揺れ、桃色の乳首はぷくりと摘めるくらいに立ち上がっている。

 熱の籠もった視線は期待を孕んでいた。


 出会って半日ちょっとであるのに、記憶にあるアイリスはいつも肌を晒している。本人に非はないところが涙を誘った。


「触ってもいい? 痛いことしないから」


 言いながら、なんて胡散くさい台詞だろうと眉間に皺を寄せた。これでは彼女を手篭めにしようとした奴らと同じではないか、と。


 とはいえ、薬に自我を奪われたアイリスは荊の葛藤など知る由もない。

 少女の手は熱い手はどこまで許されるかを確かめるように、ぺたぺたと荊の足に、膝に、太ももにと触れていく。ちょうど、服と肌の境目、腹筋あたりに手を伸ばしたところで動きが止まる。

 そこには入れ墨のようなものが刻まれていた。


「××?」

「ん? ああ、魔紋? 悪魔と契約した証だよ」


 荊の体には五つの魔紋が刻まれている。その一つが今、アイリスが見つけたものだ。

 物珍しそうに魔紋に触れていたアイリスは前のめりになって、飛び込むように体勢を崩す。それから、甘えるように両腕を荊の首に絡めた。やはり、随分と体温が高い。


「イバラ××」

「そう、荊だよ。大丈夫?」


 通じない言葉で尋ねても返事はない。変わりに顔が近づいてくる。

 少女はキスを所望らしい。


「……キスはしないよ。好きな人としてね」


 真正面から懸命に唇を突き出している拙さに、荊はぐるぐると喉を鳴らした。男として不可抗力だった。可愛い。

 不慣れな仕草に庇護欲が駆り立てられる。反して、元から感じていた被虐的な雰囲気がより顕著で、この女になりたての体をいじめたいとも思う。

 しかし、今は性的な欲求を満たしている場合ではない。


「気持ちよくなれたら終わりだから。ちょっとだけ頑張って」

「ん」


 小さい子供にするようにアイリスの脇に手を入れて持ち上げ、向かい合ったまま布ごと膝の上に座らせた。アイリスは両足を荊の体を招くように開き、挟むとできるだけ密着していたいとばかりに彼へすり寄る。


「いい子だね」


 左手でアイリスの腰を支え、右手は彼女の左手を絡めとった。

 ゆるく握った手を口元に運び、彼女の指先をちうと吸えば、膝の上の体がぴくんと跳ねる。おもむろに歯を立てて噛みつけば、嬌声が上がった。


「×××」

「アイリスはこうされるの好き?」

「××××」


 会話はできていないが、何よりも行動が心のままで素直なのだ。いい反応はすぐに分かる。

 とはいえ、これくらいの接触では煽られるだけなのだろう。アイリスはもじもじと体をよじり、催促するように声をもらした。


「怖かったら殴っていいし、眠くなったら寝ていいから」


 荊は繋いでいた手をほどき、その手で努めて優しくアイリスの腹を撫でた。薄い腹は痩せ気味で薄くあばらが浮いている。

 中指と薬指を揃えて立て、つつつと指をへそから上へと上へと這わしていく。右の乳房を持ち上げるようにすれば、指が突起に引っかかってたゆんとされるがままに揺れた。


「ふぁ、ん」


 気に入ったらしい。

 荊はアイリスの表情を確かめながら、彼女の胸を揉んだり突いたりといじり倒す。アイリスが快楽を得られるかが最優先事項で、荊がどうもてあそびたいかは関係ない。

 荊の手の運びは酷く事務的だ。少女は甘やかな吐息をもらし、青年も丁寧に対応しているが、恋人同士の触れ合いには見えない。


「××。×××××、××」

「あんまりくっつかれると苦しいよ」

「イバラ」

「はいはい、荊だよ」


 アイリスは荊の頭を抱き寄せ、自分の胸元へ押しつけた。ただでさえ荒かった息がさらに乱れてきている。


 ――もう少しだろうか。


 荊はさっさと終わらせてしまおう、と動きを拘束されたままでアイリスの肌に触れる手に力を入れた。


「あ、あぁ」


 やり方が分からなくても、本能が欲に忠実だ。アイリスはへこへこと腰を揺らしてどうにか快感を得ようとする。そんなおねだりのような戯れを荊は許容した。

 入れたり舐めたりせずでアイリスが満足するならそれがいい。最低限しか触れないで済むなら、彼女の貞操は守れたようなものだと荊は自問自答で拡大解釈する。


 アイリスの荊に抱きつく力が強くなる。荊も応えるようにぐいと細い腰を引き寄せた。

 彼女が薬によって持て余している欲を発散できるよう、なるだけアイリスの行動を助長する。


「×、××! ××! ×××――――!!」


 一際甲高い声をあげ、アイリスは電池が切れたようにぐったりと荊の腕の中で倒れた。


「上手だったね。えらいえらい」


 アイリスは脱水が心配になるほど汗だくではあるし、呼吸も整っていないが、最初に見た挙動不審の異様さはすっかりなくなっている。憑きものがとれたようだ。

 力の抜けたアイリスの体を行為が始まる前に寝ていたように戻してやる。体を拭いてやるなりしたかったが、そのための道具もない。

 うとうととした黄緑色の瞳は荊と目が合うと安心したように閉じられた。


「おやすみ」


 ひと仕事を終え、荊はぐっと体を伸ばす。ふと、こちらを見つめる視線を背後から感じた。

 首だけをひねってそちらを見れば、青い目がじっと荊たちを窺っていた。


「荊のえっち! 最低!」

「馬鹿言え、アイリスが媚薬打たれてたんだよ。今のは介護みたいなもんだろ」

「ケダモノめ!!」

「こんなに献身的に尽くしたのに」


 ネロは弁明を聞く耳を持たない。

 ぎゃあぎゃあと騒ぎ立て、言葉の限りで非難した。次から次と荊を責めるネロは鼻につくにおいに視線を向けて「みぎゃあ!! お魚焦げてるー!!」とさらに大きな声で叫んだ。


 悲壮にあふれた叫びを聞きながら、荊はアイリスの寝顔を見つめた。どうやらあのうるさい悪魔がこんなに騒いでもぐっすり寝ていられるらしい。

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