熱燗よ、さらば

「もうそろそろ片付けるか」

 そう言いながら親父が熱燗のセットを片付けていた。冬は熱燗、夏は冷。それがうまいんだと父は言う。母は好きにしたらいいと言って、つまみは作るけど酒の用意はしない。だから京極家では酒は手酌で飲むものであり、それに伴う準備や片付けも父が一人で、しかしとても楽しそうにやっていた。

「そう言えば」

 と父がこちらに顔を向ける。

「今日はデートだったんだろ伊澄」

「誰に聞いたんだよ」

「花音」

「あー…」

 花音は2歳下の妹だ。昨晩服を見立ててもらって、そのときに理由を説明してあるから、今日俺が浅井さんとデートをしていたことも当然知っている。しかし反抗期真っ盛りの花音がまさか親父に言うとは思わなかった。

「お前が出かけた後に伊澄がずいぶんご機嫌だなって言ったら教えてくれた。花音、自分のデートでもないくせになんであんなに嬉しそうだったんだ?」

「それ花音に言うなよ」

 そういうデリカシーのないことを言うから年頃の娘に嫌われるんだ。

「でも伊澄が女の子と出かけるようになって父ちゃん嬉しいって言ったら花音も喜んでたぞ」

「なんでだよ」

「さあ」

「いや花音じゃなくてさ。なんで俺がデートしたら親父が嬉しいんだよ」

 親離れが寂しかったりするもんじゃないの。親父は日本酒用のグラスを磨きながら答えた。

「そりゃ嬉しいさ。お前もいっちょ前になってきてるってことじゃないか。あと数年したらこのグラスも一緒に使えるようになるんだろ。最初に一緒に飲むのはなにがいいかなあ。あ、母ちゃんも花音が二十歳になったら一緒に飲むぞってワインとグラス選んだりしてる」

 そうなんだ。両親がそんなことを楽しみにしてるだなんて思いもしなかった。俺は今日浅井さんとデートをして結構いい感じでそれに浮かれるばかりだった。だからそれを他の人から見てどうであるかなんて考えもしなかった。

 でもそういう風に喜ばれるとくすぐったい。その感じは悪くなかった。

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