定年

吉川 「藤村さん、ご定年お疲れ様でした」


藤村 「ありがとう、吉川くん。あとは頼んだよ」


吉川 「藤村さんがいなくなると寂しくなります」


藤村 「ワシもいよいよ定年とはな。この道一筋40年、ついにこの時が来たか。昔から退職には大切な三つの袋があると言いますが……」


吉川 「どうもお疲れさまでした。では業務に戻ります」


藤村 「思い返せば、吉川くん!」


吉川 「あ、はい? なんですか?」


藤村 「思い返せば40年前。青雲之志を抱き、我が社に入社した。あの頃の日本はバブルの幕開けでいろいろなものが華やかだった。わかるかね? 吉川くん」


吉川 「そうみたいでしたね。お疲れ様でした。では業務に戻りますね」


藤村 「特にディスコ! すごかったなー。ジュリアナ東京とかね。ワンレンボディコンのお姉ちゃんがお立ち台で踊るわけだよ。わかるかね? 吉川くん」


吉川 「いや、知らないです。藤村さん、お疲れ様です。私は仕上げなければならない仕事が残っておりますので申し訳ありませんがここで」


藤村 「そう! その通り。仕事が沢山あった。ワシは40年、その仕事と向き合い続けてここまできた。ワシが吉川くんくらいの時にはもう脇目もふらずに仕事仕事だった。わかるかね? 吉川くん」


吉川 「わかりますよ? だから私も仕事に向き合います」


藤村 「ジュリアナ、仕事、合コン、ジュリアナ、合コン、合コン、あの忙しい日々よ」


吉川 「脇目しかふってないじゃないですか。仕事全然してない」


藤村 「吉川くん、仕事ばかりが人生じゃないぞ。それでは人間的成長がまったくできなくなる」


吉川 「いや、藤村さんがそうやって大量に仕事を残してるからあとを引き継いだ私が大変なんですよ?」


藤村 「私も若い頃はね、先輩にしごかれたものだよ。ただ今にして思えばそれも……。やっぱあいつ許せねぇな。ふざけんなよあのクソジジイ!」


吉川 「でしょ。だったら同じ過ちを繰り返さないでください。私は業務に戻ります」


藤村 「吉川くん、しかしワシは思うんだよ。そうやって仕事仕事で生きてきて本当によかったのだろうか? ふと気がつくと仕事の繋がりのない友人などいない。趣味もない。そんな人間になってしまう。それは不幸だとは思わんかね?」


吉川 「そうですね。不幸ですね」


藤村 「ワシはもちろん違うぞ? ツィッターでフォロワー3000人もいるから。毎日活発に与党批判の意見を交わしている」


吉川 「あ~、そっすか。よかったですね」


藤村 「それに若い女の子のおはようツィートにも常に一分以内にリプを送ってるし、失礼な発言にはきっちりとお灸をすえてあげたりする優しさもある」


吉川 「うわぁ……。もういいですかね? とにかく仕事が残っていて」


藤村 「吉川くん! 最後に一つだけ。どうしても君に伝えたい事が」


吉川 「なんですか?」


藤村 「逃げるが勝ちだぞ」


吉川 「もう二度と来ないでくれ」



暗転

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