閻魔

閻魔 「次、吉川」


吉川 「はい……」


閻魔 「お前は現世でどのように生きてきた?」


吉川 「自分では普通だったと思います。大きな犯罪とかはしてません。交通違反とかはあったけど。あんまり人と上手くいかなかったこともあるけど、それなりに真面目に働いてたと思ってます」


閻魔 「ふむ。なにか重要なことを言い忘れてないか?」


吉川 「奥さんと子供を残して死んでしまったのは悔しいです。あいつらに苦労を賭けると思うと……」


閻魔 「そうじゃない。書いてあるんだ、この閻魔帳に。お前の人生のすべてが」


吉川 「え? あとなんだろ。なんかもう死んでいきなりなんで、ちょっと頭が混乱していて。すぐに言えって言われても何も出てこないです」


閻魔 「そんなことないだろ。いつものフリースタイルで言ってみろ」


吉川 「え?」


閻魔 「お前はヒップホップグループ『地獄巡り』のMCエンマだろ」


吉川 「あー、それですか。なんで知って?」


閻魔 「閻魔帳には書いてあるんだよ。全部!」


吉川 「そういうものっすか。でも全然売れてなかったし。イベントとかに呼ばれても『誰?』って感じで」


閻魔 「だが2枚目のアルバムの『地獄の沙汰でメイクマネー』はヴァイブスがぶち上がる最高のフィーリングだと識者の間では絶賛の嵐だぞ」


吉川 「まじっすか? でもあれ30枚しか売れてないっすよ。どこの識者が言ってるんすか?」


閻魔 「そう閻魔帳に書いてあるんだ」


吉川 「そっすか。あんま自分たちには伝わってこなかったっすね。あとなんか今更なんすけど、地獄のこと勝手に歌ってすみませんでした」


閻魔 「そこは大丈夫。地獄のやつらは全員納得してるから。今の昼休みのチャイムは地獄巡りになってるし」


吉川 「え、そんなことになってたんですか? 生きてる時は誰も聞いてなかったのに」


閻魔 「まぁ、現世のやつらにはまだ難しいかもな。こっちは耳の肥えてる鬼なんか多いから」


吉川 「閻魔様を目の前にして、勝手にMCエンマなんて名乗ってしまって大変申し訳ないです」


閻魔 「それは全然いい。むしろ最近は『MCエンマに寄せてるんですか?』なんて鬼に聞かれたりするくらいだから。ワシは許してる。これからも名乗っていい」


吉川 「これからって、死んでますけどね。え? 閻魔様も聞かれてるんですか?」


閻魔 「んんっ? いや、これも全部閻魔帳に書いてあるだけだから。ワシは常に公正中立であらゆる死者を裁く者だから。たとえどんなビッグスターが来てもこんな感じだ」


吉川 「あれ? それひょっとして、うちらの物販のTシャツじゃ?」


閻魔 「あ? そうかな? たまたま家にあったやつで。似てるやつなんじゃないか?」


吉川 「そっすよね。まさかこんなところに。全然売れなくてうちに在庫死ぬほどあるんすよ」


閻魔 「え、本当? 何枚くらいあるの?」


吉川 「サイズとか色とかで各30枚くらいっすかね」


閻魔 「XLは!? XLある?」


吉川 「ありますよ。色は?」


閻魔 「やっぱ閻魔だから黒かな。あー、でも他のもいいなぁ。着回しとかしたいし。ほら、これサイズちょっと小さくて。でもよく着るからもう首のところダルダルになっちゃって」


吉川 「あ、やっぱりうちのだ。着てくれてるんすね」


閻魔 「いや、これはたまたまかな。でもまぁ、もし余ってるなら全部買い取る。上手いことこっちと現世でやって」


吉川 「あ、本当っすか? それはありがたいっす。嫁と子供が助かると思います。閻魔様、俺のこと知っててくれてるんですか?」


閻魔 「いや、あの。閻魔帳に書いてあったし。まぁ確かに聞いたことはある。アルバムも2枚とも持ってはいる」


吉川 「本当ですか? 嬉しいです」


閻魔 「まぁまぁ、ちょっとしたね。ちょっとした……大ファンって感じで。もちろんライブとかは中々このご時世、現世に行くのも大変だったから行ったことないんだけど。これからこっちでもちょくちょくやってくれないかな? なんて。いや、無理にとは言わないけど」


吉川 「いやぁ、でも全然やってなくてバイトばっかりしてたから、もう前みたいなパフォーマンスは無理かなぁ」


閻魔 「ダメだよ。それは地獄の損失だよ。時間はいっぱいあるから。できればお願いします」


吉川 「わかりました。できる限りやってみます」


閻魔 「じゃ、あの。サインとか書いてもらえるかな?」


吉川 「サイン? あ、地獄の契約書みたいのですか?」


閻魔 「いや、閻魔様へってMCエンマの。できればマイメンって書いてもらえると……」



暗転

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