ハードボイルド
吉川 「でも藤村さんはハードボイルドだって有名ですよ」
藤村 「やめてくれよ。今どきハードボイルドだなんて。時代という列車に乗り遅れた木偶の坊にすぎないさ」
吉川 「くぅ~、その言い方がもうハードボイルドですもん」
藤村 「反面教師にならしてもいいぜ。男がピカピカのキザでいられる時代じゃないんだ」
吉川 「ボクなんかすぐに思ってること顔に出ちゃうし、嫌なことあったら機嫌も悪くなるし、どっしり構えて男らしくしたいとは思ってるんですよ」
藤村 「そうだな、一つだけ言えるとしたら。すべてのことは風の吹くままだ。自分ひとりが泣こうが笑おうが世の中は誰も気にしちゃいないさ」
吉川 「ハードボイルドォ! 格好いいっすね」
藤村 「間違っちゃいけないのはスタイルが大事なわけじゃないってことだ。常に冷静に判断を下す、そのためにどう振る舞ったらいいか。それが結果的に人からハードボイルドだと言われるならしかたない。だけどハードボイルドであることを目的としていたらそれはただの抜け殻さ」
吉川 「深い! そうかぁ。でもやっぱりハードボイルドですよ。自分は全く及びませんけど。藤村さんだったらどんな状況でも正しい判断ができるんでしょうね」
藤村 「どうかな、それは難しいことだ。誰が正解なんて決めるんだ? ただ、自分の心に対して正しくありたい。仕事をしていて難しい判断もあったし、それに対して本当に正しかったのか自問自答する時だってある」
吉川 「藤村さんにも難しかったって、たとえばどんなのがありました?」
藤村 「そうだな。レジで会計をしている時、全部支払いが終わったタイミングでお客さんが『あ、からあげ棒も一つ』と追加してきた時、そのお客さんの後ろには列ができている。それをどう捌くか。受け入れて会計をするか、もう一度列に並び直すようにするか。どっちが正しいと思う?」
吉川 「ん? んん? それは、何の仕事ですか?」
藤村 「バイトだ。コンビニの店員の」
吉川 「あ、あぁ……。コンビニの。あ~、ちょっとわからないっすね」
藤村 「それ以外にも色々あるさ。ワンオペの時にトイレに行きたくなった時の判断。忙しい時に限って宅配便を頼まれたり。最近はATMで振り込め詐欺の警戒もしなきゃいけない」
吉川 「た、大変っすね」
藤村 「確かにな。楽な仕事だと感じたことは一度もない。それでもやめる気はない」
吉川 「やっぱり人のためになってるとか、そういう?」
藤村 「深夜の時給、この辺じゃ一番高いからな」
吉川 「な、なるほど。それは、なんつーか、いいことですね。頑張ってください」
藤村 「よせよ。お前だって本当は思ってるんだろ?」
吉川 「え? なにがすか? 思ってないすよ、別に。なにも」
藤村 「わかってるさ。俺もそうだからな。期限切れの食品。今度お前のためにもってきてやるよ」
吉川 「あー、全然いいっす。そういうのは。別に」
藤村 「笑っちまうよな。悲しい男のサガってやつさ」
吉川 「いや、別にそれは男のサガじゃないと思いますよ」
藤村 「でもそんなもんさ。いきがっていたところで女心の一つも読めやしない」
吉川 「そっすね。今どきの女性はやっぱり高望みするかもしれないですからね。難しいかもですね」
藤村 「俺に読めるのはしょせん、バーコードくらいさ」
吉川 「言い方だけ格好いいんだよなぁ」
暗転
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