人違い

藤村 「あの、すみません! ひょっとして……」


吉川 「はい?」


藤村 「ドン・猿叉鬼さんですか?」


吉川 「いいえ。人違いですよ」


藤村 「うわー! 本物だぁ! あの! あの! 私ずっとファンで。コラボしてた鶏卵の大きさを出荷前に分別する機械も買いました!」


吉川 「業務用の? それはコラボしてたからって買うようなものじゃないでしょ」


藤村 「すみません。もう一度やってもらえませんか? いつもの『いいえ、人違いですよ』っての」


吉川 「あ、そういうのやってる人なの? 違います。本当に人違いなんです」


藤村 「あー、本物! こんなところで会えるなんて。実物は結構背が低いんですね。2m以上あると思ってたけど」


吉川 「それはもう別人ってわからない? そこまで違うの何をもってそのドンさんだと確信したの?」


藤村 「一緒に写真とかいいですかね?」


吉川 「だから、違う人なんで」


藤村 「あー、そっかそっか。写真はまずいんですよね。手配書が回っちゃうから」


吉川 「何をやった人なの? 犯罪者? あなたそんな人のファンをやってて大丈夫?」


藤村 「でも感激だなぁ。私、好きすぎてドン・猿叉鬼さんの名言のタトゥー入れたんですよ」


吉川 「そこまでなの? すごいな」


藤村 「父の腕に」


吉川 「自分にじゃなく? 好きな名言なのに?」


藤村 「タトゥーとか社会的に不利になることもあるんで。父に入れました」


吉川 「お父さんはドン・猿叉鬼さん好きなの?」


藤村 「いや、知らないと思います」


吉川 「お父さん可哀想すぎない? まぁ、名言によるか」


藤村 「だろう運転よりもかもしれない運転。ってやつ」


吉川 「それドンさんのオリジナルじゃないだろ。教習所で見るビデオのやつだよ。お父さんなんて言ってるのよ」


藤村 「あ~ぁって」


吉川 「だよね。あ~ぁ以外言い様がないよね。なんか激しく拒絶しないあたり父の愛もちょっと感じられるな」


藤村 「あと最近ドン・猿叉鬼さんに加入した新メンバーもフレッシュで良かったです。もちろんドン・猿叉鬼さんが最高ですけど」


吉川 「どういうこと? バンド名なの? マリリン・マンソンのボーカルのマリリン・マンソンみたいなこと? 出てくる情報がいちいち足場を不安定にしていく」


藤村 「あと今場所の優勝おめでとうございます」


吉川 「今場所!? 力士だったの?」


藤村 「あー、それは徳勝龍だった。勘違いしちゃいました。髪型似てるんで」


吉川 「そんな間違え方ある? 普段から大銀杏なの? 何の何の人なんだよ」


藤村 「あとせっかく会えた記念なんで。あの、ビンタを……」


吉川 「ビンタする人なの? 猪木みたいに?」


藤村 「させてもらっていいですか?」


吉川 「嫌だよ! なんの記念でビンタされなきゃいけないんだよ。それ多分ドンさん本人も嫌だと思うよ」


藤村 「どうしてもしたいんですけど」


吉川 「なんで食い下がってくるの? 加虐性が強すぎるよ。ビンタしてもいいですよって人はいないからね」


藤村 「そうですか。じゃ、帰りの交通費で5000円貸してもらっていいですかね?」


吉川 「ファンじゃないの? たかろうとしてる? 絶対に貸さないよ。私は特に違う人なんだから」


藤村 「本物のドン・猿叉鬼さんだったら無理ですけど、人違いならいけるかと思って」


吉川 「人違いってわかってるなら普通コミュニケーション終わりじゃない? なんで人違いから関係を築こうとしてるの?」


藤村 「本当にドン・猿叉鬼さんじゃないんですか?」


吉川 「吉川と申します。全くの別人です」


藤村 「えーっ!? 吉川さんて、あの吉川さん? 本物!? まさかこんなところで会えるなんて! あの、ドン・猿叉鬼さんと間違われがちの吉川さんですよね!」


吉川 「誰でもいけるシステム?」



暗転

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