バジル

吉川 「誠に申し上げにくいことなんですが……」


藤村 「苦しゅうない。申してみよ」


吉川 「バジルがもう枯れました」


藤村 「まじでー?」


吉川 「いやぁ、びっくりですよ。まだなにも余計なことしてないのに」


藤村 「それはきっとあれだな。妖怪バジル枯れの仕業だ」


吉川 「そんなピンポイントでしょうもないいたずらをする妖怪がいるのか」


藤村 「妖怪のせいにでもしないかぎりやりきれない」


吉川 「たしかに。一体何が悪かったんだろう?」


藤村 「日照時間は?」


吉川 「かなり直射日光をあびてたよ。若い娘だったらヤマンバギャルになるくらい」


藤村 「マンバか……バジルもああ見えて繊細なところがあるからな」


吉川 「繊細と言うか繊維質だもんね」


藤村 「水は?」


吉川 「十分にあげてたと思う」


藤村 「ヤマンバになるくらい?」


吉川 「いや。水与えてもマンバにはならないと思う。グレムリンじゃないんだから」


藤村 「土は?」


吉川 「野菜と花のための土、という高級土を使用した」


藤村 「ヤマンバ御用達の」


吉川 「マンバは土なんか御用達してないだろ」


藤村 「なんか、土とかでメーキャップするんじゃないの?」


吉川 「偏見がひどい」


藤村 「思うに、お前は過保護にしすぎたんだと思う」


吉川 「そうか……確かに、そういう部分はあったかもしれない」


藤村 「それが返って父に対する反抗心を芽生えさせた」


吉川 「良かれと思ってした事が……」


藤村 「子育てとはままならないものなのだよ」


吉川 「娘を更生させるにはどうしたらいいだろうか?」


藤村 「かなり厳しい戦いになるぞ」


吉川 「覚悟の上だ」


藤村 「その覚悟、本物かな?」


吉川 「なんだと?」


藤村 「本物だと言うなら、これを踏んでいけ」


吉川 「こっ……これはっ!?」


藤村 「バナナの皮だ」


吉川 「な、なんで?」


藤村 「バナナの皮はバジル栽培家にとって、聖書みたいなもんだ」


吉川 「そうだったのか……まるで関係性が感じられないけど」


藤村 「素人にはこの奥深さはわかるまい」


吉川 「まぁ、踏めと言うなら踏むけど」


藤村 「ドキドキ……」


吉川 「ツルッ♪ スッテーン☆」


藤村 「ぎゃははー。ひっかかったー」


吉川 「満足か?」


藤村 「ひーひー、腹いてぇ……いまどき、いまどきバナナの皮で! ひーひー」


吉川 「なんかむかつくな」


藤村 「お前の覚悟、しかと見せてもらった」


吉川 「あぁ」


藤村 「しかし、まだまだだ」


吉川 「まだまだなのか」


藤村 「マンバになった娘を更生させたくはないのか?」


吉川 「いや、枯れただけでマンバにはなってないんだけど」


藤村 「バジル用語でマンバとは大いに茂ることを言うんだ」


吉川 「嘘をつけ。なんだ、その使い道の狭そうな用語は」


藤村 「漢字では万葉と書く」


吉川 「またそれっぽいことを」


藤村 「さて、そろそろ俺はおいとまするかな」


吉川 「なんだよ! うちの娘を救ってくれないのか?」


藤村 「あれはダメだ。手の施しようがない」


吉川 「そんな……バナナの皮まで踏んだのに」


藤村 「踏み損だな」


吉川 「お前が踏ませたくせに」


藤村 「まぁ、娘のことは諦めるんだ。いつの世も父は同じ悲しみを味わって生きていくのさ」


吉川 「そうなのか……」


藤村 「娘にカレはつきものだ」


吉川 「だから枯れちゃったのか」



暗転

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