吉川 「先生、このところおかしな夢ばかり見るんです」


藤村 「ほぉ、いったいどんな?」


吉川 「私が……私が人を殺してしまう夢なんです!」


藤村 「殺人ですか。それは物騒ですね。詳しく聞かせてもらいましょうか」


吉川 「人を殺したところでハッと気がついて目が覚めるんです」


藤村 「なるほど。夢は現実の願望の充足といいますけど」


吉川 「ということはなんですかっ? 私が人を殺したがってるとでも!?」


藤村 「まぁ、落ち着いてください。すべてがそうというわけではありません」


吉川 「ハッ!? ひょっとしたら……」


藤村 「何か思い当たることでも?」


吉川 「アイロンつけっぱなしだったかも!」


藤村 「……え?」


吉川 「アイロンです! 熱くなるやつ! 服のシワのばす」


藤村 「落ち着いてください。それがなにか?」


吉川 「落ち着いていられますか! アイロンつけっぱなしで来ちゃったかも!」


藤村 「それは一大事ですが……なにか確認する方法とかないんですか?」


吉川 「どうしよう……一人暮らしなんですよ! あぁ、火事になってたらどうしよう!」


藤村 「大家さんとかに連絡するというのは?」


吉川 「あっ!」


藤村 「どうしました?」


吉川 「なんだ夢かぁ……」


藤村 「……え?」


吉川 「うち、アイロンなかった。アイロンつけっぱなしにした夢見てたんだ。ごっちゃになってた」


藤村 「吉川さん?」


吉川 「はい」


藤村 「いまは、あなたの治療中なんです。まず落ち着いて、冷静になってもらわないと」


吉川 「すみません。アイロンつけっぱなす夢見てすみません」


藤村 「いや、別にどんな夢をみようと勝手ですが落ち着いてください」


吉川 「あっ! 洗濯物!」


藤村 「どうしました?」


吉川 「洗濯物干しっぱなしだった!」


藤村 「いや、そのくらいなら」


吉川 「二ヶ月!」


藤村 「長っ! 干す前より汚くなっちゃうよ」


吉川 「陰干しだったから」


藤村 「いや、影とかそういうもんだいじゃなくて、その前に気づくでしょ」


吉川 「今思い出したわぁ」


藤村 「別に二ヶ月干したんなら、何も今焦らなくても」


吉川 「思い立ったが吉日ですよ」


藤村 「わかりましたから。落ち着いてください」


吉川 「あれっ!?」


藤村 「どうしました?」


吉川 「なんだ夢かぁ……」


藤村 「また?」


吉川 「すみません。二ヶ月陰干しする夢でした。いやぁ、勘違い」


藤村 「二ヶ月って……長いスパンの夢だなぁ」


吉川 「なんだか夢と現実がごっちゃになっちゃって」


藤村 「それは危険ですよ。だってあなた」


吉川 「はい。人を……殺しました」


藤村 「それは夢での話ですよね?」


吉川 「そうだと思いますけど……あれ? でもなぁ」


藤村 「現実だったら大変なことじゃないですか」


吉川 「そうですね。軽くドッキリですね」


藤村 「いや、軽くないですよ」


吉川 「そうでした。相当重大なドッキリでした」


藤村 「ドッキリっていう言い方がなんか薄っぺらいなぁ」


吉川 「ポックリ?」


藤村 「縁起でもない。なんか事が事だけに、あってないこともないし」


吉川 「すみません」


藤村 「では伺いますが、あなたが夢の中で人を殺したのは、どんな状況だったんですか?」


吉川 「違うんです! 殺すつもりはなかったんですよ」


藤村 「わかりました吉川さん。落ち着いてください。殺すつもりはなかった」


吉川 「はい、でも、やらないと殺されるという」


藤村 「つまり、正当防衛?」


吉川 「そうです。こう、襲ってきたんです。相手が」


藤村 「落ち着いて」


吉川 「そうだ。このメス! このメスを持って襲ってきたんです! こんな風に」


藤村 「危ないから! 吉川さん! 落ち着いて! 誰かー! ちょっ……誰かー!」


吉川 「殺らないと殺られるんだ! だから俺は! お前をっ!」


藤村 「あぶっ! ったぁ」


吉川 「……ぐふっ!」


藤村 「あぁ……!?」


吉川 「……相手は……こんな……風に……殺され……ま……」


藤村 「吉川さんしっかり! ちょっ! しっかりしてください!」


吉川 「……」


藤村 「吉川さんっ! 吉川さんっ!」



暗転



吉川 「藤村さんっ! 藤村さんっ!」


藤村 「はっ……夢か」


吉川 「大丈夫ですか? 藤村さん」


藤村 「先生、このところおかしな夢ばかり見るんです」


吉川 「ほぉ、いったいどんな?」


藤村 「私が……私が人を殺してしまう夢なんです!」


吉川 「殺人ですか。それは物騒ですね。詳しく聞かせてもらいましょうか……」



暗転

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