浅野の場合-16-
「何ですか?」
浅野が白井の方に向き直った。相手の目には先程と違い、怒りに満ちて睨むような素振りは無い。
「なるほど、お前の言いたいことは解った。確かに、お前の考えている計画が成功したら誰も傷つく事はないかも知れん……いや、可能なんやろう。けどな、それは『成功』したらの話や。『失敗』したらどないすんねん」
周囲が静寂に包まれた。全員が頭の中で白井の言葉とおりの事を考えているのだろう。それだけ、彼の言葉は正論である。『失敗』という言葉は、誰もが思い浮かび、また最も解答が難しい内容であると浅野は考えていた。『失敗』という不安を抱かない人間などいない。ネガティブな感情は誰もが持ち合わせていて、消すことは出来ないからである。
しかし、薄らげることは出来る。そして、その方法も浅野は知っている。それは……
――圧倒的な可能性を示すことだ。不安などのネガティブな感情を忘れてしまう程に、成功のイメージが浮かんでしまう。圧倒的な可能性を……
浅野は頭の中で、そう考え整理すると白井を見据える。
「何故、失敗すると思うのですか?」
短く簡潔で、しかし力強い言葉で浅野が白井に言った。相手は予想以上に容易な質問に少しだけ目を開いて驚いている。
「そりゃ、普通は考えるやろ? ほら、最近も銀行強盗しようとした奴らが捕まってたぐらいや。今までに無い斬新な犯罪とかやったら解らんかも知れんけど、銀行強盗やろ? 上手くいくとは考えられん」
「あれは典型的に駄目な例ですよ」
浅野が即座に切り返す。
「はぁ、駄目な例?」
白井を含む四人が不思議そうな顔をした。浅野が言った言葉の意味を理解出来ていないのだろう。
「例えば、白井さん。貴方が銀行強盗をするなら、どの様にしますか?」
「えっ? そりゃ、覆面被って拳銃持って……」
「その時点で銀行強盗は失敗ですよ」
浅野が溜息を交えながら、白井が喋るのを遮った。
「な、なんでやねん?」
「覆面を被って銀行に入った時点で、客や職員達からすれば銀行強盗と即座に確定できます」
浅野は両手を広げ、両肩を竦める。その態度は白井の案を呆れながら否定していた。このようにされると、周囲からは彼の発言が安易で軽いものに感じてしまうだろう。
「では、次に職員達が行うことは決まっています。一人は確実に警察を呼ぶ準備やドアやシャッターを閉めるボタンを押すでしょう。そうなれば、強盗達は立て篭もる事しかできません。その時点で捕まるのは決まった様なものです」
最近の銀行は不測の事態に備え、訓練を業務の一環として行っていることが多い。場合によっては警察が協力して大々的に行っていることもある。
つまりは、訓練と実践には恐怖が追加されるという違いがあっても、対象法が頭に入っている時点で、職員が動く可能性は高い。
「何時間立て篭もっても警察に囲まれてしまえば、精神的にも肉体的にもいつかは限界を迎えます。そして、隙が生まれ、警察に乗り込まれ、終わりです」
「…………」
「無論、人質を盾にして逃走。そんなことも考えられますが、逃げ切ることは不可能でしょう。日本の警察は優秀ですから」
この発言を梟が聞いたら笑うだろう、と浅野は思った。その映像を頭に浮かべると彼も小さく笑う。そして、周囲を見渡した。発言が無いということは、納得の証明だろう。
「じゃあ、どうするんですか?」
口を開いたのは沢田だった。続けて、
「正直、僕も先程と同じ案ぐらいしか思いつきません。それ以上も無いように思うし……成功なんて――」
「確実に成功する方法があります」
浅野は再び発言者の言葉を遮る。自信の無いまま話す沢田の声は簡単に掻き消された。
「ほ、本当ですか!!」
沢田が驚きの声をあげた。彼だけでは無い、他の者も驚いている。しかし、それは当然なのかもしれない。浅野の口から出た『確実』という言葉――それこそが、彼が示す圧倒的な可能性を表す言葉である。
浅野は一つ息を吸って、味わうように一度止めてから、
「えぇ。その方法は……『お金を取って逃げる』です」
彼は笑顔を見せて言い放った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます