四ノ宮の場合-2-

 四ノ宮は現在三十八歳だ。髪には白髪が混じり、視力も衰え常に眼鏡を掛けていないと何も見えない。ノンフレームの眼鏡は今や彼の身体に一部だ。

 彼は高校を卒業し、十八歳で免許を取得すると知り合いの伝手でタクシー会社へと就職した。家計事情から大学進学は根本から考えに無く、また当時の彼には夢も無かった。しかし、乗り物が好きだったので今の仕事に飽きることが無かったのは、彼にとっては幸いだった。そして、結婚し子供が産まれ家族が出来た。

 普通に学校を卒業し、普通に就職し、普通に結婚し――現在に至る。

 いつも無難な生き方をしてきた。大きな波も無い、平坦な道を進むような人生を歩んできた、と四ノ宮は思う。そのことに文句が有るわけでは無く、また自身がこれで良いと考えていた。

 しかし、ふと思うことがある。

――もし自分が死んだ時……私は自分の人生に満足できるだろうか?

 文句の無い人生だからといって、満たされているかというと、それは必ずしも同意では無い。テレビ画面の向こう側にいるコメディアンや文字の中にいるヒーローに憧れを描いたことが無いといえば嘘になる。

――自分も男だ。夢とか、ロマンとか……そんなものを抱いてみたい

 今の年齢になっても、そう考えることがある。だが、そのような大きな事をするのは選ばれた人間だ。同時に、そのような否定的な考えも浮かぶ。それは彼の性格から来るものか、歳を重ねたことにより来るものかは解らない。だから、無難に、普通に生きてきた自分には関係の無い事だと、言い聞かせては無理に納得してきた。

――おっと、この時間は……

 少し考えに浸り運転していた四ノ宮は、車に備え付けられたデジタル時計を見た。表示は午後十二時三十分を示している。彼は、頭に描いていた地図にある選択経路を変更し、客が指定する目的地へ向かった。

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