四ノ宮の場合
四ノ宮の場合-1-
「お客さん。どちらまで?」
「○○町までお願いします」
「はい、わかりました」
四ノ宮(しのみや)は、いつもどおり決まった言葉のキャッチボールを相手と行うと愛車のエンジンを駆動させた。愛車といえば聞こえは良いが、実際は会社で用意されているタクシー車である。
時刻は昼過ぎ、街は行き交うサラリーマンなどで慌しく動いている。そんな中、彼は一人の客を乗せた。午前中に数人の客を目的地まで乗せ、自分の中でのノルマを達成すると昼食を摂り終え休憩をしている時である。窓をノックされ、慌ててドアを開けたのが先程のことだった。
――○○町か
四ノ宮は頭の中で地図を描く。そして、最短距離を選択すると車を走らせた。アクセルの感触と右足から伝わるエンジン音。そこから、車の調子を確認すると四ノ宮は一度だけ軽く頷く。それは、まるで車と対話しているようだった。
「運転手さん、この車にはカーナビが付いていないのですね?」
少し車が進んだところで、客が話し掛けてきた。四ノ宮は、バックミラーを一瞥し客と目を合わせると再び前を向く。視界に焼きつけた客の優しそうな細い目をフロントガラスに映しながら、
「えぇ、私は機械には弱くて。けど、長年この仕事しているので迷う事はありませんよ」
四ノ宮は優しい口調で答えた。
客の言った通り、最近ではタクシーにカーナビが付いているのも珍しくは無い。道の解らない新人や、覚える気の無い者の為の物だ。しかし、かれこれ二十年近くタクシー運転手を勤めている四ノ宮には必要の無いものだった。
「唯一使える機械は、コイツぐらいですよ」
そう言って、彼はハンドルを一度軽く叩いた。
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