浅野の場合-10-

「携帯から、貴方の声が聞こえた時は驚いたわ」

 浅野に梟と呼ばれた女性はカウンター席に座る。そして、珈琲を一つ頼むとキャップを脱いで横の席に置いた。

「急に連絡して、すみません。私としては、驚かすつもりはなかったのですが……」

「それは無理な注文ね。引退したとはいえ、伝説にも近い経歴を残した天才詐欺師に『裏社会専門の情報屋』に連絡があったんだもの。何事かと思ったわ」

 今、自身で言った通り、彼女の職業は情報屋だった。主に裏社会に起きている出来事を独自、又は依頼によって調査し、得た情報を商品として売る。どんな時代においても、正確な情報というのは強力な武器である。特に、裏社会のように本心や詳細が謎に包まれることが多い場所では、情報屋というのは重宝されていた。

「信頼出来て、かつ頼れる方が貴女ぐらいしか思いつかなかったので」

「光栄だわ。そこまで、褒めて貰えると嬉しい。だけど、『優秀』という言葉が抜けているわよ?」

「失礼しました。裏社会『最強』の情報屋ですものね」

 浅野が、そう言うと二人は視線を合わせて少し経ってから笑い始めた。無邪気に笑い合う二人は、大学生が旧友との再会を喜んでいるようにも見える。傍から見ている分には、二人が裏社会と関わりのあるようには見えないだろう。

「久しぶりですね。どうぞ」

 浅野は珈琲の入ったカップを差し出しながら言った。

「久しぶり……って言う程かしら? まぁ、二ヶ月ぐらい此処には来てなかったわね。色々と忙しかったから」

「この生活での二ヶ月は、中々長く感じるものなのですよ」

 浅野は自分にも珈琲を入れて、口へと運ぶ。香りと味に納得しながら、梟も楽しんで貰えるだろうと確信していた――が、彼女はカウンターに置いてある角砂糖をドボドボと入れていく。香りだけを残し甘く黒い液体とへ化していくのを、浅野は少しだけ悲しい眼で見ていた。

「うん、美味い」

「それは、どうも」

 何を判断基準として美味いとなるのかは解らないが、彼女は満足気な顔をして、そう言った。

 裏社会を引退した後も、梟は何処から情報を得たのかは知らないが、この喫茶店に度々来ていた。しかし、彼女は注文するだけで余計な会話を全くしない。それは、裏社会を引退した浅野に対する配慮だったのだろう。

 梟は、音を立ててカップを置くと一息ついて切り出す。

「さて、本題に移りましょうか。……一体、何の用件で私を呼び出したのかしら?」

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