第34話 日記

* * * * *



 五月二十七日、水曜日。


 学校帰り、信号待ちをしている時にバイクとトラックの事故に巻き込まれて死亡。


 →帰宅時間を変えることで回避成功。買い物に付き合ってと言ったら喜んでついてきた。

 バイクの運転手が亡くなったらしい、『僕』の世界では悠花以外の犠牲者はいなかったから、その人が代わりの犠牲になったのだろう。



 五月二十九日、金曜日


 放課後、野球部の暴投が頭に当たった。


 →放課後デートに誘ったが、部活があるし帰りに友達とお茶する約束していると断られた。

 学校をサボって山に行った。虫を捕まえた、いろんな種類をたくさん、ダンボール箱二つを持ち運ぶのは大変だった。

 念には念を入れて野球部部室からボールになりそうなものを全て没収し、虫入りダンボール箱を開けてドアを閉めた。

 その日、野球部は野球らしき活動をしなかった。



 五月三十一日、日曜日


 ショッピングモールの階段から落ちた。

 目撃者の話では、誰かを探して慌てている風だったという。


 →小雪から本屋に行こうと誘われていた日だった。

 木曜日の図書委員の時に『僕』と約束したらしい。何してるんだ、断っておけよ。


 

 六月二日、火曜日


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 六月四日、木曜日


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 六月六日、土曜日


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 六月八日、月曜日


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 六月十日、水曜日








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 ねぇ、悠花。


 僕はあと何回、君を助けたらいい?





* * * * *




 その日、『僕』は、ダンボールに入った子猫を見つめていた。


「にゃぁーん」


 可愛らしい声が耳に響く。

 懐古の念を抱くかと思ったが全然、こんなに小さかったかな、と首を傾げた。

 ここで放置すれば飢えと暑さで死ぬか、誰かに拾ってもらえるかもしれない。

 いや、誰かが拾うなんてことはないか、こんな場所。もし別の場所に連れて行かれるとなると、それは捕食される時だろう。


 コンビニで買ったメロンパンと、お茶のパックを袋から取り出す。

 猫は警戒しながらもメロンパンにかぶりつき、次にお茶のパックに目を向けた。傾けてやると旨そうにペロペロと舐め、再び「にゃぁーん」と鳴いた。

 良い感じの受け皿が見当たらなかったので、通学鞄の中から筆箱を取り出して中身を鞄にぶちまけた。プラスチックの箱にお茶を注ぐと即座に猫が飲み干し、それを三回繰り返したところで猫はひと鳴きした。


「にゃぁーん」

「……お礼なら、明日またここに来るに言ってくれ」


 言葉が伝わったのか、猫はコクコクと頷いて目を閉じた。

 しばらくすると腹のあたりが上下し始めて、どうやら眠ってしまったようだった。


 僅かな水とメロンパン一つ、明日までもつだろうか?

 大丈夫だろう、『僕』の行為はこの世界に影響しない。


 六月十七日、水曜日。


 明日から長い雨が降る、最後の晴れ空の日、中学生世界にて。

『僕』は悠花の死の原因となったクリーム色の子猫を見つめていた。




* * * * *




 筆箱、変えたのか?


 朝食を終え、机の上に散らかったノートと筆記用具を鞄に収めている時に気が付いた。

 同じ形の筆箱だが、新品に変わってる。意識しないと気付かないほど、小さな違いだけど。


「いいんだけど、これ、僕のお小遣い使ってるよな? いや、よくないんだけど」


 勝手なことをされては困る。だけどお金の管理なんかしてないから、何円無くなったかわからないと思う。

 明け方から降り始めた雨は未だ続いていて、天気予報では向こう一週間傘が必要になると言っていた。


「今日は猫を拾う日、今日は猫を拾う日」


 呪文のように唱え、鞄を持って自室を後にした。

 玄関を開けると同時にザァァァアと鼓膜を刺激する雨の音。悠花の部屋のカーテンは揺れなかった。視線を落とすと同時、向かい側の家の玄関が開いた。


「きゃぁぁあ! 健くん……!」


 傘を片手に飛び出してきた悠花が、僕を見て叫び声を上げる。

 だからどうして、そんなに驚く?

 かわいいよ、悠花はかわいい。


「ぐ、偶然だねっ! 健くんも今から学校に行くの?」

「…………うん」

「じゃあ、一緒に行こう!」


 悠花は変わった。

 もうこの出会いは、朝の偶然は必然では無くなっていた。


 僕は未だ、超常現象の中にいる。





 部活帰りに公園で猫を拾う。

 その猫に指を噛まれたが親には告げず、自分で包帯を巻いて隠した。死因はその時の傷口から入り込んだ菌によるものと思われる。


 クリーム色の猫は『僕』の世界で元気に暮らしている。


 悠花の家で、悠花の代わりに。


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