第33話 回避大作戦パート2–2
それぞれのクラスがある教室と、音楽室や美術室などを繋ぐ渡り廊下。
生徒の人通りは多いが、ほとんどが通り道として使っているだけで手すりに触れる生徒はあまりいない。
なぜ、悠花は手すりに触れたのか。
それも壊れるまでに体重をかけて。
この超常現象における事故を解決するとなると途端、なぜか僕の頭は冴え渡る。
一昨日の土曜日、悠花は転んで足を擦り剥いた。その時の怪我が偶然、この渡り廊下で痛んだのではないか?
しかし可能性の話だ。
二年後の高校生世界では悠花に事情を聞くこともできないし、この世界では僕が助けるから、悠花は死なない。
朝練をする文化部は皆無なため、ショートホームルームの前にこの渡り廊下を使用する生徒はいない。
ごくりと唾を飲み、手すりを揺らしながら歩いていく。
ゆっくり、ゆっくり……間違って落ちてしまわないように。
ちょうど真ん中まで来た時、キシッと手すりが音を立てた。
「あっ」
思わず声が出た。そーっと押してみるとやはり、手すりが微かに動いた。
ここだ、間違いない。
「……うん、で、どうしよう?」
ここからのことは考えてなかった。該当箇所を見つけることしか頭になくて。
「健くん、何してるんですか?」
突然の声に振り返ると、渡り廊下の先に小雪が立っていた。
「こんな朝早くから……そこに何かあるんですか?」
怪訝そうな表情の小雪が、僕のほうへ歩み寄ろうとする。ひょこ、ひょこ、っと、足を引きずるようにして。
怪我してる……小雪、怪我してるのか?
「待って、待て! 来ちゃダメだっ!」
小雪に向かって大声を張り上げる。それと同時、ぐらっと視界が歪んだ。
悠花が渡り廊下から転落したのは昼休憩。でも今回は僕が事前になんとかするから、悠花は助かる。
前の、バス事故の時だってそうだった。悠花が助かる代わりに美術部顧問の先生が死ぬはずだった。
一つの命が助かる代わりに、その代償がいるならば、今回は……。
「きゃぁぁあ!」
女の子特有の、甲高い悲鳴が響いた。傾く小雪の身体、いや、彼女含む景色全てが。
あれ?
待ってこれ、僕が動いてない? 僕が落ちてるよね!
手元を見ると、鉄のパイプ? えっと、とにかく丸いやつ、手すりっ! あれが真っ二つに割れていた。
橋を繋ぐ、手すりのね、大事な部分がねっ!
待ってこれ!
悠花の命の代償、代わりに犠牲になるのって小雪じゃなくて僕か! そんなことはどうでも……よくないけど、今はどうでもいいっ!
だけど無理だ、落ちるっ!
必死に手を伸ばすと、ガシィッと誰かに腕を掴まれた。
ゴツゴツした硬い手のひら、暑苦しくて筋肉質な……
「び、美術部顧問の先生っ!」
僕が叫ぶと、美術部顧問の先生は顔をしかめ、ぐいっと僕の身体を引っ張り上げた。
ポーンと、まるでフリースローのバスケットボールのように弧を描いて宙を舞う僕の身体。
どさっと、渡り廊下の床に背中をぶつけた僕は、微かに残る理性で考えた。
いま別に、投げなくてもよくなかったか?
普通に引っ張り上げてくれてよくない?
「くぉら! 長束! なにやってんだ!」
美術部顧問の先生が、立ち上がって僕に怒声を浴びせる。
「俺が飛んで来なかったら落ちてたんだぞ、危ないだろ!」
「飛んできた? そういえば先生、どこから現れたんですか?」
「美術室から手すりが壊れたの見えて、飛び降りてきたんだよ!」
先生が指差す方向は斜め上、四階の美術室。渡り廊下は三階を繋いでいるから、ええっと……つまりこの先生、二階から飛び降りたことになる。
しかも手すりが壊れてからのタイミングって……自然落下する僕より早く飛び降りてなおかつ腕を掴むなんて、ゴリラにしか出来なくないか?
この人なんで、美術部の顧問やってるんだろう。
「朝っぱらから何やってたんだよ、こんなところで!」
「あ、あのっ! そこの手すり、もともとちょっと壊れてました!」
助け舟を出したのは、小雪だった。
怪我しているらしい足を引きずりながら、僕たちのほうへと近寄る。
「おいおい、西岡、大丈夫か? おまえ、先週の土曜日、木の根っこにつまづいて転んで怪我しただろ」
「せ、先生! 健くんの前でそんなこと言わないで……」
ちらっと、小雪の視線が僕を窺う。
うん、大丈夫だよ、小雪。君がドジなのはよくわかってる。
「わたしのことはいいんです。それより健くん、渡り廊下の手すりをチェックしてくれてたんですよ」
「手すりをチェック?」
「さっきも言いましたけど、この手すり、壊れかけてグラグラしてたので」
「それ本当か? どうしてすぐ言わなかった?」
「え? だって別に、たいしたことじゃないと思って……」
ちらっと、小雪が僕に助けを求める。
このタイミングで話振られても! 僕に何を言えと?
「そういうわけで……転落事故が起こる前に、手すりが壊れてることわかってよかったですね、はい……」
あははっ、と引きつった笑みを見せるが、小雪と先生はポカンと僕を見つめたままだった。
「じゃあこれで、めでたしめでたしってことで……」
「んなわけあるかっ!」
美術部顧問の先生に引っ張られ、保健室に連れて行かれた僕は治療と尋問を受けることになった。
手すりの件は小雪と、後から駆けつけた別の先生たちに任せることにした。小雪のことだ、きっとうまく説明して……くれていないかもしれない。
「長束おまえ、未来人だったよな?」
僕の肘に包帯を巻きながら、美術部顧問の先生が言った。
真っ白な救急箱の蓋をバシーンッと閉めながら、そこから取り出した包帯を僕の腕に巻きつけていく。保健室の先生はまだ出勤しておらず、狭い部屋で二人きり。
廊下では、思春期真っ只中の生徒たちの笑い声が通り過ぎていく。
これなんて教師×生徒のBL?
「今回のことも、なにか見えてたのか?」
「……未来人だからって、未来が見えてるわけじゃないですよ、『僕』は。救急箱の色を予想するくらいしか出来ません」
「救急箱の色?」
「二年後の救急箱は、赤色が主流になってるみたいですよ」
「馬鹿言うな、消防車と一緒なんて悪趣味すぎるだろ」
めちゃくちゃわかる。同意します、美術部顧問の先生。
だけど僕たちがどう足掻こうと、二年後の救急箱は赤に染まります。
そんなことはどうでもいい、問題は『僕』だ。
今回の件もやはり対策してくれていない、『僕』は役に立たなかった。
「なぁ、長束。今回のことも……もしおまえが落ちなかったら、誰か別の生徒が落ちてたってことか?」
「……先生、鋭いですね」
「ミステリー小説が好きなんだ」
「繊細ですね、身体のわりに」
心の声が外に漏れてしまっていた。
だけど先生は僕を睨みつけただけで、それ以上は追求しなかった。
「ほどほどにしとけ……と言いたいところだが、身体張ってまで助けたいやつがいるんだろ?」
「身体張りたいわけじゃなくて……今回は本当に、偶然でマジ危なくて……助けてくれてありがとうございました」
「気にすんな。礼を言うのは俺のほうだ」
「先生のほう?」
「おまえのおかげで別の誰か、生徒が一人助かったんだろ? 在籍中に生徒が死ぬなんて嫌だろ。だから、俺の大事な生徒を守ってくれてありがとう」
「…………」
ズッキューンときた。
いい先生じゃないか、マジで!
ゴリラしか為せない技とか言ってごめんなさいっ! とにかく、良い先生に出会えてよかった!
一期一会に感謝、僕のモテ期に万歳っ!
「……先生、僕いま、モテ期の最中なんですよ」
「なんだ、急に」
「僕、今ほど自分がモテ期に突入しててよかったと思うことはありません」
「? なに言ってるんだ、日本語おかしくないか?」
「もし僕がモテ期じゃなかったら……禁断の男の子ラブが始まっていたかもしれません」
「…………」
言葉の意味を理解しかねていた先生だが、しばらくして「中途半端に日本語に訳すな!」と包帯の上から僕の肘を叩いた。
だがしかし、僕は肘など怪我していない!
なぜか肘に包帯巻いてくれたけど、痛くも痒くもないし打ってもいないっ!
どちらかというと、助けてもらった時の衝撃で腰が痛い!
だけどそれを言うとズボンを脱がないといけなくなるので、ぐっと堪えて我慢しておいた。
なにはともあれ、やってやった!
今回もまた、僕は悠花を助けたのだ。最後には美術部顧問の先生に助けられたけど。
ラブコメがボイコメになりかけたけど、モテ期万歳! とにかく僕は、がんばって……うん、ふさげてしまうのは許してほしい。
ここまでくれば僕だけじゃなく、これを見てるみんなもわかってると思う。
次の日の朝、目を覚ますと、
『僕』の世界に悠花はいなかった。
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