第31話 回避大作戦6 ー『僕』は未来人ー
*
救急車とかなぜかパトカーとかが来て、野次馬も集まってバス停は一時騒然となった。運転手からアルコールは検出されず、ただの体調不良ということで済んだらしい。
ただの体調不良であれはないだろう?
僕が止めなかったらガードレールを突き破って崖から転落してたんだぞ?
警察にどんな状況だったか説明し、なんやかんやで僕と先生が解放されたのは運転手の嘔吐から一時間半後だった。
「疲れたな……」
バス停のベンチ、背もたれに倒れ込むようにして先生が言った。
ここにいる間にバスが一便到着したが、先生が片手を振って乗らない意を示したので、バスはすぐに発車してしまった。
車内には一瞬では数えきれないほどの乗客がいた。
「長束、おまえ、なんであの運転手が体調悪いってわかった?」
空を眺めたまま話す先生を一瞥し、僕も空を見上げた。
澄み渡った青空。
悠花は無事、野鳥観察ができているだろうか?
「未来人なんです、『僕』」
僕の返答に困ったようで、先生は深いため息をついた。
「……もしも」
空を見上げたまま、先生が新しい話題を切り出す。
「あのままバスが発車してたら、どこかで事故起こしてたかもな」
「……ガードレールを突き破って崖から転落してましたよ」
「見てきた風なこと言うなぁ、おまえ」
「未来人ですから、『僕』は」
「想像力豊かだよなぁ、中学生ってのは。そういえば先週も、校長先生と妙な話をしてたな」
「…………」
見られてたのか。というかこの会話の流れ、あの時のことも中学生特有の思春期の病気⭐︎くらいにしか思われてなかったんだろうなぁ、やっぱ。
「まぁ、それなら、おまえのおかげで助かった。ありがとう」
「…………え?」
「おまえのおかげで俺は崖から転落しなくてすんだんだろ? だから、ありがとうって言ってんだ」
なんだこの先生、めっちゃいい人じゃん!
暑苦しい筋肉質のおじさんとか言ってごめんなさい! 自分でなんとかすれば、とか言って見捨てようとしてごめんねっ!
いい先生じゃんっ!
「先生、僕、二年後は隣町の超有名進学校の生徒になってるんですよ」
唐突な僕の話に、先生は「そうか」と返事した。
「あそこはレベル高いぞ。今のままじゃ無理だな」
「大丈夫です。『僕』、未来人なんで」
「未来は変わることもあるだろ? なんにせよ、今のままじゃ無理だなぁ」
はぁーっと息を吐き出した先生が、ベンチの背もたれに頭を乗せて目を閉じた。
少し暑い、首筋を汗が伝った。
「がんばります」
この日きっと、僕の中でなにかが変わった。
先生は「今のままじゃ無理」と言ったけど、「おまえじゃ無理」とは言わなかった。
僕は変われる、未来は変えれる……僕自身が、どう過ごすかによって。
命のお礼ということでラーメンを奢ってもらい、そのまま自宅に帰った。
ベッドに寝転んで自転車を返していないことに気が付いた。明日でいいか、四丁目の○×アパートだっけ?
明日、行かないと……そう思って、自然と無意識に眠りについた。
「悠花ちゃん来てるわよ」
母の声で目を覚ますと時計の針は五時を指していて、まだ日付は変わっていなかった。
「あのね、とっても楽しかったよ!」
貸切バスが出発してからのあれこれは、悠花の耳には届いていないらしい。
弾ける笑顔の悠花が、お土産と称して僕に黒いカラスの羽を差し出した。
「森の奥で拾ったの! 綺麗な羽でしょ?」
「……うん」
これ、ちゃんと洗ったのかな? 周りの子や先生たちは何も言わなかったのかな?
「ありがとう」とだけ返事して羽を受け取ると、悠花が嬉しそうに笑った。
何はともあれ、事故は起こらなかった。問題は解決した。もうこれで、タイムリープは起きない。超常現象は終わりかもしれない。
そう思うとちょっと寂しくて、高校生世界でもっといろいろ体験しておけばよかったと思った。
なんだろう。悠花は助かったのに、問題は解決したのに心が晴れない。
どうしてこんなに、怠いのだろう?
疲れたんだ。いろんなことがあったし、炎天下の中バス停で先生と語り合ってたし……
寝よう。
そう思って、その日は早めに眠りについた。
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