第22話 超常現象の渦中
美波先輩とドーナツを嗜んで(ドーナツを食したのは美波先輩で、僕はカフェラテしか飲んでない)、ショッピングモールの入り口で別れてそのまま自宅へ帰った。
帰宅するとどっと疲れがきて、先にお風呂に入ってご飯を食べてそのまま眠ってしまった。
明日、中学生世界では古典の小テストがあるんだけど……『僕』はうまくやってくれるだろうか?
目が覚めるとやはり、今度は高校生世界にいた。きちんと整頓された机の上、必要最低限のものしか置かれていない質素で綺麗な部屋。
タイムリープに気付いた今、冷静に眺めると妙な気分だった。天井の色や模様は変わらないけど、自分の部屋じゃないみたいで。
「でもまぁ、学校には行かないとね。向こうの『僕』もしっかりやってくれてるんだし」
着慣れない制服に袖を通し、リビングへ向かう。
僕にとっては非日常なのに身体はしっかり日常を覚えていて、中学の時とは違う通学路を歩いて電車に乗って学校の階段を登って教室のドアを開ける。
「おはよう、香里」
「えっ、な……お、おおおはようっ!」
何事もなくここまでの動作を行えて、授業も普通に受けて、こっちの世界でも古典の小テストがあったけど難なく解けた。
いや、待って。
高校生の僕すごくない? この高校かなりレベル高いよ? その中でテストも余裕だなんて……僕、天才になるんじゃね?
昼休憩、浮見足で食堂に向かい、知らないけど顔見知りの友だちとわいわいご飯を食べて、午後からの授業を受けて。
はいっ、高校生の『僕』の代役終了!
思ったより冷静でいられる。
まぁ、向こうの世界に戻ってもちょっと記憶がないくらいで生活に支障はないし、こっちの世界では輝かしい未来を過ごしている『僕』の様子がわかるから楽しい。
放課後、帰り支度をしていた僕の椅子がガツっと蹴り上げられた。
振り返ると、仏頂面の香里の姿。
「香里、本当に……椅子を蹴るのはよくないよ」
「椅子を蹴ってるんじゃなくて、あんたを蹴ってんの」
「間に椅子を挟んでるだろ? 物を傷つけるのはほんと、よくない」
「じゃあ、あんたを直接傷つければいいのね?」
「…………」
そうは言っていない。
どうしてこの子はこんなにツンツンしているのか。なぜ、『僕』はこの子に惹かれているのか。
そこはちょっと、よくわからない。
「ねぇ……来週の月曜、休むのよね?」
意味のわからない言葉に、僕は小首を傾げる。
香里はわざとらしく僕から視線を逸らし、声のトーンを低くしてもう一度言った。
「だから来週の月曜日、学校休むんでしょ?」
「あぁ、そういえば母さんが言ってたな。先生に言わないと……なんで香里が知ってんの?」
「美波先輩に聞いた」
「美波先輩? え? なんで美波先輩?」
「なんでって……そりゃ知ってるでしょ、先輩なんだから」
「…………ん?」
どういうことだ?
先輩は偉大ってことか?
たしかに、美波先輩は破天荒だけれども。
「ねぇ、わたしも一緒に行っていい?」
「え? どこに?」
「だからっ! 来週の月曜日!」
「あぁっ……えー、えーっと」
どうしよう、何のことかわからないから返事のしようが無い。
いや、待てよ。これチャンスじゃね?
香里に聞けばいいんじゃね?
「あのさ、来週の月曜日ってなにが……」
「わたし、ちゃんと知りたいの」
しかし僕の言葉を香里が遮ったため、質問することが出来なかった。
ここで我を通すときっと叩かれる。僕は黙って香里の話を聞く。
「昨日わたし、放課後は用事があるって言ったでしょ? あれ、美波先輩と会ってたの」
「あ、そうなんだ」
僕も美波先輩に会ったけど、二年前の。
「それでその……勝手に悪いとは思ったんだけど、あんたの話聞いちゃって」
「僕の話?」
「あんたの、幼なじみの子の……」
「あぁ、悠花?」
香里がちらりと僕をみて、しかしまた視線を外す。
ぎこちないその動作がとても、不自然だった。
「触れないほうがいいと思って今まで聞かなかったけど、わたしはやっぱり、ちゃんと知りたいの」
「うん……うん?」
「だから月曜日、わたしも一緒に行っていい?」
「…………んんんっ?」
ごめん、香里。なに言ってるか全然わからない。
いや、たぶんこれ、僕に遠慮してるんだ。言葉を選んではぐらかして、それでもきっと『僕』なら今の香里の言葉を汲み取れたのだろう。
なにも知らない僕は、香里が何を言ってるかわからない。
「ごめん、香里。僕さ、月曜日のことよく知らなくて……」
「ごめんって、ダメってこと? 一緒に行っちゃいけないの?」
「えっ?」
「わかっ……わかった」
「違、違うんだっ! ちょ、えっ?」
見たこともない遠慮がちな態度でしゅんと黙り込む香里。
えっ、なんで? 香里といえばこう、我が儘で暴力的で何がなんでも自分の思い通りにしたくて、こういう場面では無理にでも自我を通す女の子なのに。
どうしてこんなに、遠慮する?
僕と悠花の間に、一体なにがあった?
「香里……あのさ、実は僕……」
「東さん、ちょっと来てもらえる?」
しかしやはり、僕の言葉は遮られた。
担任の先生が教室の入口に立っていて、僕たちの空気を感じとり口元に手を当てて「あら」とわざとらしく微笑む。
「ごめんなさいね、邪魔して」
「い、いえっ! 邪魔じゃありませんっ!」
ガタッと椅子をひいた香里が立ち上がって僕を一瞥する。
一瞬の目配せを終えて、香里は先生のところへいってしまった。
言えなかった……今の僕は中学二年生で、この世界の『僕』はたぶん別の世界にいる。
パラレルワールドを行き来してるんだ、僕と『僕』は。
その一言が、言えなかった。
言葉が出ないとかじゃなくて自然に、それを言葉にする機会を奪われた。
正解だ、これが。
ドッペルゲンガーがどうとか考察していた時には、悠花に話することが出来たのだから。
僕はいま、超常現象の渦中にいる。
「…………なんで?」
机の中の物を鞄に入れながら、思わず呟いてしまった。
そう、なんで?
超常現象が起こっている理由は何だろう?
ほら、漫画とかアニメとかドラマとか、フィクションだとタイムリープした先で何か事件があって、それを解決するためにその時代に飛ばされるものだろう?
高校一年生の時に何かが起きる?
いや、違う……
僕が中学二年生から高校に入学するまでに、なにかが起きた。
なるほど、だから中学生時代の記憶が曖昧なんだ。
その時のことを僕に悟らせないために。ということは、何かの目的(使命)を持ってタイムリープしているのは高校一年生の『僕』のほう。
「なんだ、僕はとばっちりか!」
思わぬ大声になってしまい、恥ずかしさのあまり教室を飛び出した。
駅の改札を抜けてホームに出ると、発車のベルが鳴ったので慌てて駆け込み乗車した。
ふぃーとため息をつき、ドアにもたれかかって外の景色を眺める。
慣れない電車通学、慣れ親しんだ街が車窓越しに通り過ぎていく。駅前のマンション群を通り過ぎると今度は背の低い民家が並んでいて、公園、学校、トンネルに入って何も見えなくなる。
タイムリープして何かを成すべきは僕じゃなくて高校一年生の『僕』なのだ。
僕は『僕』が僕の世界に行くために交換させられただけのとばっちりで……僕ぼくうるさいな、まぁ、いいや。
それなら僕は、のんびり過ごそう。
そうだな、高校生活を一足早めに謳歌しよう。
そういえば、悠花は元気だろうか?
……混乱してる。いや、拍子抜けた。
僕にしかできない何かがあって、そのためにこんなことになっていると思ったのに。
まぁ、いいや。どうせ僕には無理だった。こういう場合、大抵は誰かが死んでその命を救う為にタイムリープした人間が頑張るとか、そういうパターンが多い。
無理だよ、僕には。人の命なんてそんな大きなもの預かれない。
大丈夫。何度かこの世界に来てわかった。高校一年生の『僕』は立派にやってる。さぞかし素晴らしい人間に成長しているのだろう。だから『僕』に任せておけばいい、何とかしてくれるだろう。
あぁ、でも、それなら、二年後は僕が過去にタイムリープして中学二年生の僕を助けなきゃいけないのか。
面倒くさいな。
でもまぁ、ちゃんと成長するようだし頭も良いみたいだし?
大丈夫。全てはうまく行くし、僕は『僕』がやってくれたことを真似ればいいだけだ。
なんだ、たいした事ないな。その思うのと同時に、胸がズキリと痛んだ。
本当にそうだろうか? 僕はただのとばっちりなのだろうか?
沸き起こる不安を胸を叩くことで押さえつけ、電車を降りて自宅に急いだ。
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