第21話 あの時の告白は間違いです
中学生世界の学校生活は難なく終わった。
気になったことと言えば、廊下で校長先生とすれ違ったが、彼女はいつものようにニコニコ微笑むだけで僕に何も言って来なかった。
一昨日、僕が職員室に乱入して奇妙な発言をしたことは、校長先生の中でなかったことになっているのだろうか。先日のような奇行は中学生にはよくあることで、校長先生にとっては日常茶飯事、僕はそのおかしな生徒の一人だったのかもしれない。
中学二年生だしね、中二だしねっ、仕方ないよねっ!
……もし本当に、ただのおかしな中二病生徒扱いされていたのなら、ちょっとへこむ。
まぁ、そんなわけで。
放課後なにもすることがなく一人で帰路についていた僕は、大通りの交差点の道路向かいに、知り合いの顔を見つけて「あっ!」と声を上げた。向こうも僕に気が付いたみたいで、耳につけていたイヤホンを外して僕に手を振ってくる。
信号が青に変わると同時、彼女のほうが僕の元へ駆け寄ってきた。
なんて運命的なんだ、さすがモテ期!
「やっほー、健! いま帰り?」
真新しい制服に身を包んだ僕たちの二つ年上の学年、高校一年生の美波先輩である。
中学世界の僕が美波先輩に会うのは久々だった。間近で見るとよくわかる。高校世界の僕が見ていた美波先輩よりもやはり、随分幼い。
なぜ気付かなかったんだろうと、不思議に思うくらいに。
「もー、なに見てんのっ! 照れるじゃんっ!」
照れた様子など全くなく、僕の肩をバシバシと叩く美波先輩。
ハイテンションは今も昔も変わらず健在らしい。
「悠花は今日も部活?」
「あ、はい」
「もうすぐコンクールだもんねぇ、懐かしいなぁ!」
「先輩も一年前は大変でしたね」
「そうそう! 最後の夏! って感じでねっ! いいなぁ、青春!」
ケラケラっと笑いながら、美波先輩が歩き出したので僕も歩みを進める。
「今日はねぇ、古典で竹取物語を読んだんだよっ! よくわかんないけど、あれって恋愛の物語なんだね、健知ってた? ていうか恋愛って言っても、うち女子高だから出会いないんだけどねぇー」
勝手にマシンガントーク。今の美波先輩を何かに例えるなら、その言葉が当てはまるだろう。
喋るしゃべる、マジで!
ていうか、そうか、美波先輩は女子校なのか。だから僕なんかに惚れちゃった……僕のモテ期に巻き込まれちゃったんだねっ!
いや、待て、美波先輩に至っては告白されたんじゃなくて告白した。勘違いだけど、僕が告白したことになってるよね、未来ではっ!
「美波先輩、一つ、言っておきたいことがあるんですけど」
「なにー?」
神妙な面持ちの僕とは対照的な、ケラケラっと真夏の太陽のような美波先輩の微笑み。
僕は意を決して、あの時の誤解を解くために言葉を発した。
「あの時、僕、告白したわけじゃありませんからっ!」
思ったより大声になってしまった。何事かと振り返る周囲の視線。
当事者である美波先輩が、不思議そうに首を傾げた。
「告白したわけじゃない? あのと時? ん? なんのこと?」
「…………」
しまった! やってしまった! 僕が間違えて告白っぽいことをしたの高校世界での出来事!
未来の話!
今の美波先輩には、何のことやらちんぷんかんだろう。
「えーっと、あの……もし僕が、先輩に告白したら……あ、えっと、僕が高校一年生の時に美波先輩に告白ぽいこと言うかもしれないんですけど、えっと、それは間違いなので、スルーしていただけたら嬉しいです」
混乱してわけのわからないことを言ってしまった。
美波先輩も同様に思ったようで、「んんんっ?」とさらに首を傾げる。
「えっ、なに? 健がわたしに告白するってこと?」
「あ、いえ。告白ぽいことをするけど、それは間違いなので」
「健が高校生一年生の時に?」
「はい」
「わたしに告白ぽいことするけど、それは間違いだからスルーしろって?」
「……はい」
「えっ、なに? めっちゃ失礼じゃない? ていうかどういうこと?」
「えぇーっと、つまり……僕が高校一年生のときに美波先輩に告白ぽいこと……」
「さっきと同じこと言ってるよっ!」
珍しく怒っているような美波先輩の表情と声色。どう取り繕っていいのかわからずペコペコと頭を下げる僕に、美波先輩は「ドーナツ二つで許すけど、どうする?」と提案してきた。
「ショッピングモールの中にあるドーナツ屋さん、今からそこに行こっ!」
「ドーナツ屋さん? え、あそこって潰れてパン屋になったはずじゃ……」
「なに言ってんの? まだやってるよっ!」
ぐいっと手を引っ張られ、あっという間にショッピングモールに連れ込まれた。
店内を練り歩き、美波先輩が立ち止まったところで顔を上げると、そこはドーナツ屋さんだった。
香里とデートした時は、パン屋になっていたのに。
「あれっ、本当だ。潰れるんだ、このドーナツ屋さん」
入り口に貼られている紙を見つめながら、美波先輩が呟く。
紙面を読むと、『六月いっぱいで閉店します』というような内容のことが書かれていた。
「ざんねんっ! ここ好きだったのになぁ」
肩を落として店内に入る美波先輩のあとを追って、懐かしいドーナツ屋さんに入った。
入ってすぐの場所に陳列されている様々な形のドーナツ。ホイップクリームを挟んだふわふわ生地のドーナツは悠花の大好物の品で、帰りにお土産として買って帰ろうと思った。
店内には僕たち以外に女子大生らしき二人組しか客はおらず、儲かっていないことは明らかだった。テイクアウトの客も現れる様子がなく、だから潰れるのかなどと推測してみた。
余計なお世話だろうけど。
女子大生二人組から離れた奥の席に座り、美波先輩はアップルパイを頬張り、僕はレジで注文したカフェラテを飲んだ。
ドーナツ屋といいながら種類が豊富で、ドリンクも充実しているところがこのお店のいいところだと思う。
「残念だな、最近の健となら付き合えると思ってたのに」
アップルパイを平らげたところで、美波先輩が皿に残ったウインナーロールを見つめながら言った。
「……え?」
言葉の意味がわからず惚けた声を出す僕に、美波先輩はパンを齧りながら別の言葉で説明する。
「最近の健ちょっとかっこよかったから。だからいいかなぁと思ってたんだけど」
「…………」
ふぉあああ!
いいですよ、先輩!
僕はいいんですよ!
「でも告白は間違いなのよねぇー」
「あっ、いえ。それは高校一年の時なので、今は……いいんですよ?」
窺うような視線を送ると、訝しげな目線を返された。
「なに言ってんの、健。ふざけてんの?」
「ぴぎゃんっ! いえ、全然! 僕は至って真面目です、真面目にモテ期を」
「モテ期?」
「あっ、いえ」
「……健、なんかおかしくない? いつもと雰囲気違うくない?」
「え? そんなことは……」
否定しようとして、否定できないことに気が付いた。美波先輩とは最近会っていない……彼女が話してる「いつも」は『僕』のことだ。
「なんか期待外れ。やっぱりムリ」
ムリ、とは僕と付き合うことがだろう。先輩、意外とハードル高い……それより酷くない?
いや、『僕』がすごいのか。小雪も『僕』のこと大人ぽくて紳士って言ってたし……『僕』、すごくない⁉︎
二年という歳月は人をイケメンに変えるらしい(精神的に)。
「ねぇ、健。やっぱり完走はすべきよ」
「完走?」
「持久走、相変わらずサボってんでしょ?」
「……ぴぎゃんっ!」
「その叫び声やめて!」
「いや、だって、なんで急に説教を?」
「昨日話してたでしょ、持久走を完走できない僕がどうとかって」
「僕が? あっ、違うんです。それ、『僕』で……」
「なに言ってんの? とにかくっ! サボるのよくないよっ!」
「はいぃぃい!」
「健はねぇ、何でもすぐに諦め過ぎなのよ。諦め癖がついてるっ! 持久走だって一キロ本気で走ったら五分かからないのに、それすら完走できないってどうなの?」
「動物以下だと思います!」
「その言い方だと動物に失礼よ、動物未満!」
「はい、僕は猿未満です」
「サルに失礼」
「はい……」
「まぁ、つまりあれよ。諦めちゃダメだからね」
指で鼻を突かれたが、されるがまま話を聞いた。
真剣な表情の美波先輩が、僕を睨む。
「持久走はゴールが見えてるでしょ? 終わりが見えてるんだからちゃんと頑張って。完走しなさい、健」
「……はい」
すごい。めっちゃいい台詞なんだけど……なんで今?
美波先輩、どうしたの? 映画か何かを見て影響されちゃったの?
「ところで、なんで健はドーナツ食べてないの? お金ないの? 奢ってあげようか?」
「…………」
なにこの急な切り返し。
ドーナツ……お金。あなたが食べ尽くしたそのドーナツ二つ、僕が買ったんですけどね。
「仕方ないなぁ、お姉さんが奢ってあげよう」
颯爽と立ちあがり、レジに向かう美波先輩。
うん、わかってる。
この話の結末、オチはかわってる。
「すみませーん、カフェラテくださぁーいっ!」
「ドーナツ奢れよっ! ていうかカフェラテ、僕いま飲んでますからねっ!」
中学生世界でも高校生世界でも、美波先輩は相変わらずだった。
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