第11話 女の友情


 その後、僕らは足並みを揃えてショッピングモールの中を歩いた。

 いや、足並みが揃っているのは香里と美波先輩の二人で、僕は引き摺られるように必死について行った。


 え、待って、これなに?

 どこに連れて行かれるの?


 そわそわキョロキョロしていると、両の手のひらを同時に握られ、「ぴぎゃんっ!」と妙な声を出してしまった。

 通路を塞ぐようにしてショッピングモールを練り歩き、立ち止まった場所は先ほど通り過ぎたパン屋の前だった。

 目配せをする香里と美波先輩、言葉のやり取りは交わさず再度歩みを進める。


「あ、オヤツですか?」


 僕の質問には答えず中に入り、店員さんの案内で少し広いソファ席に腰掛けることになった。

 香里と美波先輩が並び、その対面に僕、という席順で。

 あれ?

 てっきり、香里、僕、美波先輩だと思ってたし、それが不可能なら二人で僕の隣を取り合うと思ってたんだけど……

 大人しいな、二人とも。


「コーヒーとチョコクロワッサン」

「私も同じで」

「あ、じゃあ僕はイチゴパフェで」

「「女子かよっ」」


 ツッコミも息ピッタリ!

 僕らのギャグに店員さんはクスリともせず、無表情で注文を繰り返して去っていった。

 静まり返る座席。場の空気を和めようと注文したイチゴパフェは、本当に僕が食べないといけないのか。


「ねぇ、あなた、名前は?」


 氷水が入ったグラスから口を離したところで、美波先輩が尋ねる。

 目線は僕ではなく、彼女の隣に座る香里。


「東香里です。そっちは?」

「美波玲。健とは同じ中学校の先輩後輩だったの」

「帰宅部の?」

「帰宅部に交流なんてあるわけないでしょ。私は吹奏楽部、健の幼なじみと一緒の」


 幼なじみ……悠花のことだ。

 チラリと僕を窺う視線のあとに、香里も僕を一瞥した。しかしすぐに視線を外し、隣同士で再度目を合わせる。


「そっちは? 健との関係は?」

「同じ学校のクラスメイトです」

「ふーん。いい立ち位置にいるね」


 美波先輩がため息をついた。そのタイミングでちょうど、トレーに乗ったコーヒーとチョコクロワッサンが二人の前に届けられる。

 中はしっとり外はカリッと焼き上がったクロワッサンに、苦味のありそうなコーヒーの匂い。

 僕も同じものにしておけばよかった、パン屋に来たのにイチゴパフェって……メニューの種類豊富だな、このパン屋。


「あなた、初心者じゃないよね?」


 コーヒーの湯気を見つめたまま、美波先輩が呟く。

 香里がコクンと一つ頷いた。


「中学の時から通い詰めてました」

「ふーん……」


 頬杖をついた美波先輩が、挑発するような笑みを浮かべて香里を見つめる。

 対する香里はじっと、美波先輩の目を見つめて。


 え、なにこれ? 喧嘩? もしかして喧嘩するの?

 なんで? あ、もしかして僕のために?

 ……僕のためにっ!


「や、やめて二人ともっ! 僕のために争わないでっ!」

「やるじゃん、香里ちゃんっ!」

「美波先輩こそっ!」


 がっと、手のひらを合わせて握手する香里と美波先輩。二人の表情は険悪なものではなくむしろ真逆、爽やかな笑顔を互いの瞳に映し出していた。

 まるで戦いが終わって友情の握手を交わす魔王と勇者のような……昨日の敵は今日の友達みたいな。


 そう、この時この瞬間。

 香里と美波先輩は確かに、友情を交わしたのだ。


「すごいよっ、香里ちゃんっ! あの曲について来れた子って初めてだよっ!」

「美波先輩こそ素晴らしかったです! とくに手のひらの角度、膝のそり具合! 完璧アイドルでしたっ!」

「香里ちゃんの動きだってすごかったよっ! 重そうな服着てるのに、あんなに機敏に動けるなんてっ!」

「ありがとうございますっ! これ、わたしの戦闘服なんですっ!」

「お礼言わないでよ、褒めてないからぁ、もうっ!」


 熱い言葉を交わした後の熱い抱擁、女の友情。彼女たちの輪に入らず、僕は伸ばしかけた手をそっと引っ込めた。

 やがてイチゴパフェが運ばれてきたが、ダンスゲームについて熱烈トークを交わす香里と美波先輩に声をかけれるはずもなく、一人で黙々パクパクとイチゴパフェを平らげた。

 バニラアイスの中に砕いたチョコクロワッサンが入っていて、めっちゃくちゃ美味しかった。

 店を出てからも香里と美波先輩はずーっと二人で喋っていた。

 ショッピングモールの出口をくぐり、「僕、こっちなんで」と声をかけると、彼女たちが驚いた顔で振り返った。


「なに、健、いたの?」

「びっくりするでしょ、急に声かけないでよっ!」


 バッチーンと香里の手のひらが僕の頬を叩き、身体が弾け飛んだが気にしない。

 ズボンについた埃を叩き、黙々と立ち上がる。


「じゃあ、僕は帰りますんで。また」

「はぁーい、お疲れさまっ!」

「あ、あんた月曜日は学校来るのよねっ?」

「行く予定だけど。体調崩さなければ」

「あ、あんたが来ようと来るまいとどっちでもいいんだけど……でも、先週あんたがいなかった日、教室が、さ、寂しかったから……どーでもいいのよ、そんなことっ! じゃあまた! 月曜日にねっ!」


 数時間ぶりのツンデレ香里ちゃん。

 ぷりぷりと頬を膨らませる香里のあとを、おかしそうに笑う美波先輩が追って、やがて二人の姿が見えなくなった。


「……嵐が去ったっ!」


 両手を天に掲げて背筋を伸ばすと開放感がすごかった。

 嵐……まさに嵐だったっ!

 強烈キャラ二人が揃うときついな。それに比べ悠花と小雪のお淑やかさったら……。四人全員を足して混ぜてこねたら、ものすっごい普通の子ができそうだ。


 そんなアホなことを考えながら家路につき、玄関のドアを開けると疲れがどっと出た。

 悠花の部屋を見るとやはりカーテンの位置が変わってなくて、なぜだろう……妙だと思った。

 だがしかし、今はそれよりも何よりも……眠い。


 靴を履いたまま玄関に倒れ込むと、母さんがリビングから飛び出してきた。

 そこで記憶は途切れ、目が覚めると夜が明けていた。


「あんた今日、学校行くんでしょ?」


 母に叩き起こされてカレンダーを見ると五月十七日(日曜日)だった。


「散々僕のことを馬鹿にしてた母さんだけど、とうとうやらかしたね」

「はぁ? なに言ってんの?」

「カレンダーを見たまえ、今日は日曜日だっ! おやすみっ!」


 鼻を鳴らして布団をかぶると、その上からスパーンと頭を叩かれた。


「妙な言葉遣いしてないで、朝ご飯食べなさい。図書委員の仕事があるって言ってたでしょ?」

「図書委員の仕事?」

「担任の先生に頼まれて休日出勤だって、ぐちぐち文句言ってたじゃない」

「…………」


 うん、確かに。そんな用事があった気がする。興味がないから覚えていない。

 ていうか担任、マジで僕のこと気軽に使いすぎじゃない?

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