第10話 二輪の花


 イルカの枕を左腕に抱え、満足そうに微笑む美波先輩の右手は僕の腕に絡みついている

 左隣にはチラチラと僕の左手を窺い、手を繋ぐタイミングを図っている香里の姿。


 わかってる、香里は僕から手を繋いで欲しいんだ。

 だけど、その先の結末もわかってる。


『なにすんのよっ!』とビンタされ、次の瞬間には僕の身体は吹っ飛ぶんだ。

 香里のビンタには慣れてるけど……そうだ、今は美波先輩がいるしね! イルカがぶっ飛んだら困るしねっ!

 だから今は、ビンタされたくない……正直に言う痛いから本当やめて欲しい。


「ねぇ、健。ダンスゲームしない?」


 豊満な胸を押し付けながら、美波先輩がゲーセンの奥に目をやった。

 彼女の視線を追うと、『ユアアイドル in ダンス!』と看板が備え付けられた巨大なゲーム機があった。

 英語が苦手な僕にはその看板の意味がよくわからないが、どうやらモニターの二次元アイドルの動きに合わせて身体を動かすゲームらしい。


「…………」


 いやいやいやいやっ、無理っ! 美波先輩、さっきの僕の醜態見てたよね? クレーンゲームで手が震える男ですよ? ていうか僕、男の子ですよ?

 あのゲーム明らかに、女の子が可愛らしく踊るさまを眺めるゲームだよね!


「わたしあれ得意なのっ、一緒にやろう!」


 有無を言わさず僕を連れ込む美波先輩と、仏頂面で僕たちの背後を追う香里。

 そういえば僕、なんでここにいるんだっけ?

 あ、そっか。デートしに来たんだ……デート? ダブルデート?

 できればモテ期は、一人ずつにして欲しい。


 音楽が鳴る。

 モニターのアイドルが『アーユーレディ?』と問いかけてくる。


 NO! なんてことは言えずただただ固まる僕と、意気揚々と腰を振る美波先輩。

 短いスカートがヒラヒラ揺れて、できれば背後の特等席でゆっくり見たかった。

 麗しい美波先輩に惹かれて、わらわらと観客が集まり始めていた。


 これ何て罰ゲーム?


 ギャラリーの皆さんだって、男の子が踊り狂うさまなんて見たくないよね?

 あぁぁ、誰か代わってくれないかなぁ。このステージに立つのは僕じゃなくて、香里のほうが……


「あんた、びびりすぎ」


 凛っと鈴音の声が聞こえたかと思うと、イルカの抱き枕を押し付けられ、ステージから下ろされた。


「えっ?」


 ぱちくりと目を見開きする僕の代わりにステージに上がったのは、ヒラヒラロリロリ衣装がゴツ可愛い香里の姿。

 真っ赤なドレスが、中世ヨーロッパを連想させる。


「アイドル……!」


 まさに、本物の衣装のようで、香里の背中にはオーラが溢れ出ていた。

 拍子抜けしていた美波先輩だがちらっと香里に目をやり、不敵に微笑んでまた正面を向いた。

 香里も同様に、美波先輩を一瞥したあとモニターに向き直る。


『GO!』


 アイドルの掛け声と共に、モニターに流れて落ちるカラフルな棒、それに合わせて足元のボタンを押す香里と美波先輩。

 パッ、パッと手のひらをモニターにかざし、『グレート!』のスタンプがポンポン表示される。


 うん、正直……このゲームを知らない僕はモニターに表示されるグレートの意味がわからないけど。

 一つ言えることは、やらなくてよかった!


 はぁはぁと艶やかな息遣い、ほとばしる汗、紅く染まる唇と桃色に仕上がっていく頬。

 美波先輩のミニスカートがピラピラ揺れて、だけどインナーは見えない絶妙な位置で丈は止まり、逆にそれがじれったくて男心をくすぐった。

 対照的に重そうなスカートを盛大に翻す香里。暑苦しそうな衣装なのに汗は首筋を伝っているのみで、その服の下にはどれほどの汗とロマンが溢れているのかと妄想を掻き立てられた。

 

 およそ五分、華麗に舞った彼女たちは音楽が止まるに合わせて動きを止めた。

 ピシィッとポーズを決める動作が息ぴったりで、衣装は違えど本当に、本物のアイドル。

 ユニットのようだった。


「すごい……」


 拍手をしようと両手を胸の前に掲げると、僕がそれを合わせるより早く背後からどっと歓声が起こった。


「すげーよ、あんたらっ!」

「うまいっ!」

「プロかよ、まじすげー!」

「最高かよ、ありがとう!」


 巻き起こる称賛の嵐と、盛大な拍手。

 手を叩くことも忘れて呆然と立ち竦む僕の手を、右は美波先輩が、左は香里がぎゅっと掴んだ。


「楽しかったねーっ、いこっか!」

「見せ物じゃないっての」


 愛想を振りまく美波先輩と、無愛想極まりない香里、間に挟まれる僕。

 モーゼの海割りのように、観客が開いてくれた道を僕たちは進む。僕を囲う両手の花にきらっきらした眼差しを向ける男どもが、同時に嫉妬を含んだ視線を僕に向けていることには気がついていた。


 悪いね、みんな。

 僕はいま、モテ期なんだ。

 万歳っ!


 悪い気はしなかった。

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