第47話 少しは感謝してもいいわよ
「…………う、ん……」
まだ外は暗い中、意識が覚醒した。
ぐーぐーと寝息が聞こえる。誰かが私の傍で寝ているようだ。
音のする方を向く。栗色のサラサラしたミディアムヘアーの少女が寝ていた。
一見すると可憐な容姿のはずだか……なぜだろう、だんだんと憎たらしい顔つきに思えてきた。
見知らぬ天井は木で組まれている。長く住んでいたマンションでもなく、最近慣れつつあった異世界の宿でもない。
――そう、だった……。昨日は……
意識の覚醒に続き、ようやくはっきりと記憶を呼び起こした。
――どうして? 私は……あなたのことを仲間だと思っていたのに……
温泉でベルトスさんと推測される男に襲撃されても、まだ私は現実を受け入れられなかった。ここ数日一緒に過ごしてきた仲間が、あろうことか私たちを導くリーダーのような存在であったベルトスさんが、私を殺そうとするなんて信じたくなかった。
きっと事情があるに違いない。妄信的でも構わない。何があっても、初めて出来た仲間を――私は信じたい。
起き上がり、部屋を見回す。エルさんが見当たらない。
外にいるのだろうか? 助けてくれたお礼が言いたかった。
――隣で寝ているバカにも……起きたらほんの少しだけ感謝を伝えてあげようかしら。
エルさんは家のすぐ近くで牛の世話をしていた。私が玄関のドアを開くと、物音に気付いたエルさんが「レイカさま!?」と私の名を呼んで駆け寄ってきた。
「目覚めたのですね! 本当に良かったです! 痛いところはありませんか?」
「大事ないわ。それより助けられてしまったわね。エルさんが彼を追い払ってくれたのよね?」
家に戻って寝ていたという結果から見て、逃走ではなく立ち退かせることに成功したのだろう。
私同様にステータスが低いと思われる高梨くんでは彼に匹敵することはできない。きっとエルさんが戦ってくれたはずだ。
「わたしは何もしてないし、出来ませんでした。あの方が自分から何処かに行ったんです」
なるほど、彼はエルさんを脅威に感じたからあえて戦闘を回避した、というところか。
「あなたがいなかったら私は殺されてしまっていた。感謝するわ」
エルさんは「そんなことないですよー」と照れながら謙虚な姿勢を見せる。その様子を見る限りだと、とても強そうには思えない。
私は疑問を投げかける。
「あなたは相当な実力を有しているみたいだけれど、何か特別な事情があるの?」
それを聞いたエルさんはハッとした表情を浮かべ、その後感心したように返答する。
「レイカさまは鋭いですね。わたしは誰にも話したことがないのにわかるなんて……。特別な事情……と言っていいんでしょうか? あるときから急に体が軽くなったんです」
「あるとき? それはいつ?」
「それは……お父さんが亡くなってしまった直後です」
…………今、彼女はなんて言った……!?
脳が、その言葉を受け入れるのを拒否したがっている。だが、私の求知心がそれを許さなかった。
エルさんが強くなったロジック自体は一瞬で理解できた。
町で凄腕だったと噂されていた――つまり、職業のレベルが高かったと予想される父親が亡くなったとき、エルさんに彼が持っていた経験値が譲渡された。
一つ、私が引っかかった点は――人から人への経験値の移動があったというところだ。
私が驚いたのには理由がある。ベルトスさんの説明は『人類に敵対する生物を倒すと経験値が貯まる』だった。だから、人からは経験値が貯まらないと思い込んでいた。
――自然死や病死の場合のみ近親者に経験値が受け継がれる仕組み? いいえ、そもそも……『人類に敵対する生物』とは何を基準に判断されるの? まさか――
嫌でも思いついてしまう。最悪の可能性を。
生物であれば何でも――例えば、人を殺害しても経験値が貯まる……?
もしそうなら、ベルトスさんのあの説明は間違い? それとも――
「……エルさん、ごめんなさい。私まだ体調がすぐれないみたい。部屋に戻るわね」
あまりの衝撃に視界をグラグラと揺らし、まともに立つことができずふらついている。心配そうに声をかけてくれるエルさんを残し、一度部屋に入る。
震えている場合ではない。すぐに彼らの元に行かないと……危険、かもしれない。
私が今からしようとしている行動を知れば、エルさんは止めるだろう。
ドクドクと心臓が鳴り、落ち着かない心中のまま、彼女に気づかれないように小屋を抜け出した。
◇ ◇
「皆様は先ほど南西の草原に向かわれましたよ?」
「――――そんな!!」
宿を飛び出し、雨に濡れるのも厭わず草原に向かう。
あそこは人通りが全くなく、モンスターも少ない。最初のころは狩りに慣れるために出向いていたが、今更何の用事があるというのか……
――まさか、本当にベルトスさんは、私たちを殺すつもりだと言うの?
思い浮かんだ最悪の想定。最初から、無知な私たちに狩りの手法を教え経験値を貯めさせた後、奪う予定だった、というもの。
ベルトスさんは私たちをあたかも家畜を肥え太らせるかのように育て、それから……私たちが集めた経験値を効率良く収穫するつもりだった?
であるなら、アントーレを殺したのは、それに勘づかれたから?
彼の広場での忠告を思い返す。
『モンスター狩りにうつつを抜かすのは勝手ですが、自分が狩られる側に回る可能性を少しでも考えたらどうでしょうかぁ?』
腹が立つ言い方だったが、彼がこの状況を予期していたのであれば、的確なアドバイスとも取れる。
アントーレは酒場でベルトスさんを揺さ振るつもりだったのだろうか。
どんな会話があったのかまではわからないが、計画を知られたことを危惧したベルトスさんは口封じのために彼を殺したと考えられる。
十二分に、突発的な犯行の動機になり得る。
真偽はともかく、早く彼らと合流しなければ、手遅れになってしまうかもしれない。
ベルトスさんは昨日、真相に近づく可能性がある私を殺しそびれた。焦った彼が、今日私が戻らないうちに計画を実行する可能性は高い。
……彼らの寝床を襲わなかったのは幸い。事を荒立てたくなかったのか。それとも、一ヵ所にまとめて処理したかったのか。
まだ間に合う。追いついて、どうするのかはまったく考えていない。それでも――共に時間を過ごした仲間を見逃せない。ベルトスさんだって説得すれば、もしかしたら辞めてくれるかもしれない。甘すぎる考えだとは思いつつも、諦めることはできない。
淡い希望を抱きながら、息を荒げて駆け続ける。
◇ ◇
ぬかるんだ地面に残された4人分の足跡を辿る。
何時間も走り続けて、足の筋肉がこわばっている。雨に打たれ、ハァハァと荒い息を吐きながら、広大無辺な大地を走り抜ける。
あと少しの辛抱だ。間に合いさえすれば、どうにかできるかもしれない。
すると――前方にバシャバシャと崩れたリズムで泥水を跳ねながら、来た道を慌てて引き返す人物が現れた。
私は懸命に足を運んで、彼女に近寄る。
彼女――リーシェルは表情をひどく歪ませて、怯えるような瞳を向けた。只事じゃない様子だ。
「いったい……何があったの!?」
「あ、あの……ク、クロー、ド……クロード、が…………」
ガタガタと身体を震わせながら、うわ言を繰り返すリーシェル。
悪い方向に予想が当たってしまったようだ。
おそらく、ベルトスさんがクロードを襲ったのだろう。リーシェルはそこから逃げてきたのだ。
詳しい状況が訊きだせる状態じゃない。
クロードがどうなったのかはまだわからない。でも、良くない事が起きたのは間違いない。
せめて、リーシェルだけでも生き延びて欲しい……
「あなたはこのまま逃げて、私は様子を見てくるわ」
そう言い残して、死地に赴こうとした――そのときだった。
もう一人、誰かがこちらに向かってくる。ドスドスと乱雑な足音を響かせているのは……
「アァン? レイカじゃねーか。テメーもここに来たのかよ」
赤髪を逆立てた青年――ヴォルドバルドが普段のように、横柄な態度で語り掛けてきた。
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