第40話 これが最後なら悪くない気分だ
「お前は……誰なんだ……」
「………………」
黒甲冑の人物は口を重く閉ざしている。
こいつは手配書で見た通り兜に2本の角が生えている。この黒甲冑は間違いなく酒場の大量殺人の犯人だ。左手には禍々しく煌めく大型の剣を構えている。
用心深く、一歩、また一歩と俺に迫ってくる。
俺の足元では、安否不明の城崎が倒れたままピクリともしない。
――戦うか、逃げるか、迷っている暇はないな。
ジリジリと間合いを詰める黒甲冑に背を向け、城崎を抱えようとするが――
隙を見せた瞬間、黒甲冑は重装備を感じさせない速度で急接近する。
「――――くッ!!」
しくじった。ダッシュは間に合わない。
すぐ背後で大剣を軽々と振り上げた気配を感じる。
せめて城崎だけでも……
倒れたままの城崎に覆いかぶさる。城崎は――湯から上がったばかりの温かさを保っていた。
なんだ、さっきの冷たさは気のせいか。最後に無事を確認できてよかった。
城崎の身体、柔らかいなぁ……。これが俺の終点なら、悪くない気分だ。
目を閉じて死を受け入れる。
…………………………?
だが一向にその時は訪れなかった。
目を開いて、黒甲冑の方に振り返ると。
――――ライトグリーンの髪が揺れていた。
「またあなたですか! わたしの勇者さまを傷つける真似は許しませんッ!」
エルは鞘に納められたままの刀を突きだして大剣の斬撃を受け止めようとしていたが――黒甲冑が振り下ろした大剣はエルの刀にぶつかる寸前で止められていた。
「………………」
黒甲冑は黙ったまま固まった。
「………………」
ゆっくりと大剣を構えなおし、今度は徐々に後退を始めた。そして、そのまま闇の中に消えた。
エルが退けた? それも、一度も衝突することなく?
それは今はいいか。何より、城崎が心配だ。
息は――している。心臓も動いている。外傷も大きいものは見当たらない。
「気絶しているだけ……か」
おそらく黒甲冑の攻撃を受け、吹き飛ばされた衝撃で気を失ったんだろう。
「エル……」
エルは黒甲冑が見えなくなった後も神経を尖らせて周囲を警戒している。まだ気を抜けないようだ。でも、
「城崎をこのままにしておけない。家に戻ろう」
俺が声をかけるとエルはふぅっと小さく息を吐いて、俺に視線を移す。
「わかりました。戻りましょう」
◇ ◇
エルは気絶したままの城崎に服を着せて、ベッドに寝かせた。もちろん、俺は紳士だからそれを覗いたりしなかった。不可抗力で色々見た気もするが、それどころじゃなかったから記憶がおぼろげだ。
「レイカさまは大丈夫です。明日には目を覚ますはずです」
「……それはよかった」
様々な出来事が重なり過ぎて、頭の中はごちゃごちゃだ。
それでも真っ先に考えるべきことはわかる。黒甲冑は何故ここに来たのか、何故城崎を襲ったのか、だな。
今日一日の城崎の様子は変だった。深く悩みこんでいるようだった。それが黒甲冑の正体と繋がっているのだろうか。
もしかして、城崎はあいつの正体を知っていた? だから狙われたのか?
色々考えていると、エルがいつになく真剣なまなざしで俺に話しかける。
「あの甲冑の人はツバキさまとレイカさまを狙っています」
「城崎はわかるけど、俺も狙われているのか?」
「実は……わたしがあの方と遭遇したのは今のが2回目なんです」
「何!? 1回目はいつ? どこで?」
「それは、ツバキさまと初めて出会った日です。わたしは倒れていたツバキさまがあの方に襲われているところに割り入って、ツバキさまを抱えて離脱しました」
エルと初めて会った日……そうだ! 思い出した! 俺は異世界に転移した後、広い草原を当てもなくさまよって、倒れる直前――黒い塊にぶつかったんだ。完全に記憶から抜け落ちていた。
「あのときのあれが黒甲冑だったってことか!?」
「はい、話しても怖がらせるだけだと思って黙っていました。ごめんなさい」
「謝る必要はない。というか俺が助けられたんじゃないか。ありがとうなエル」
「いえいえ、昔の話ですよ。それより、もう一つ伝えたいことがあるんです。それは――」
なかなか続きを語らない。エルは言葉を探しているようだ。
「わたしは、さっきあの方に攻撃を…………」
ようやく言葉を紡ぎだすが、その先が出てこない。
「しません、でした……」
エルは残念そうに肩を落とした。なんとなく、エルがたどたどしく話す理由はわかる。ついさっき城崎が話していた法則ってやつだな。俺に何かを伝えたいけれど、法則に邪魔されているってことか。
攻撃をしなかった。そこに何か伝えたいことが隠れているのだろうが……
「……すまん、俺では理解してやれないみたいだ」
悔しいけど、俺の思考力では難しい。もし城崎が起きていたら、わかってやれたかもな……。
「構いません。でも、これだけははっきり伝えます。次にあの方に出くわしたら、すぐに逃げてください。あの方は危険です!」
「わかった。元々そうするつもりだ。俺ではあいつに太刀打ちできそうにないからな」
職業のレベル――つまり、身体能力の差を初めて痛感した。あんな重そうな装備を身に着けたまま瞬時に間合いを詰めたり、分厚い大剣を片手で軽く振ったり……常人のスペックを逸脱したパワーを感じた。
俺も職業パラメータの恩恵を受けてはいるが……たかが知れている。あの超人と戦える力はない。しかもユニーク職業のため、レベルは1固定で上がらない。
俺にあいつと戦うすべはない、唯一勝てる可能性があるとしたら、ビーチクスキルが秘めている能力の開花だろう。神様がこういう状況を打破できるかもと言っていたくらいだ。【スイッチング】を超える力を手に入れれば、対等に戦えるかもしれんな。
エル、もしくは城崎の乳首を触らせて貰えれば、新しい能力が使えるようになりそうだけど、現状厳しいよなぁ……
◇ ◇
図らずも、エルと城崎と、そして俺の三人で川の字になって寝転んでいる。俺が真ん中、普段なら死ぬほど喜んでいる場面だが、今はそんな気分じゃない。
城崎は今日黒甲冑に襲われた。エルが助太刀してくれて、何とかなったが……。
「俺は、無力だったな」
俺は暴力が嫌いだし、何なら喧嘩も好きではない。
だが、ここまで力不足を痛感すると、こう思わずにはいられない。自分の周りを守れるくらいには力が欲しい……と。
特にエルには守られてばかりだ。初めて出会った日に黒甲冑に殺されかけていたところを助けて貰った恩もあったらしい。
そんな危ないところを助けて貰っていたとはな。
そう……危ないところを、助け、て……
ふと、よぎる違和感。
なんだ? つい最近このことについて誰かと話したような……
誰とだ……? ……残念だが俺では思い出せそうにない。諦めるか?
――いや、待てよ。あいつならわかるんじゃないか?
「相棒、俺がエルに助けて貰ったことについて、最近誰かと話したか覚えているか?」
『お待ちください。会話を検索します………………直近ですと昨日の早朝、ヴォルドバルドと呼ばれる者とお話ししていました。記録内容は、
「ハッ! ずぶとい野郎だな。アブねーとこを助けられただけじゃなく養って貰うなんて恥ずかしくねーのかよ」
でございます』
…………アブねーとこ?
おかしくないか。広場でおかっぱ頭に絡まれたことを説明した際も、他のプレイヤーにはエルが恩人だということすら告げていない気がするが。
「なあ、俺は赤髪にエルに助けて貰ったことを話したっけ?」
『お待ちください。………………NO、そのような会話履歴はございません』
俺は一度も赤髪にそのことを話していないようだ。それに加えて、まるでエルに助けられる現場を見ていたかのような発言。
意外なところから被疑者が浮かび上がった。ここまでくれば、さすがに俺でもわかる。
赤髪――ヴォルドバルドが黒甲冑の正体だ。
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