第39話 What are you making?

「法則? なんだそれ」


「あなたはまだ気がついていないみたいだけれど、この世界には法則、制限、ルールとも呼べるものが存在するのよ」


「そうなのか? 説明されてもピンとこないぞ」


「実演した方がわかりやすそうね」


 そう言って城崎は、夕食を作っているエルに向かって話しかける。


「エルさん、あなたは何を作っているのかしら?」


「ハンバーグという料理ですよ」


 よっしゃ! 今日はハンバーグだ!


 ウキウキしていたら、城崎は得意げな顔で俺に振り向く。


「どうかしら? 理解できた?」


「…………は?」


 今何かしたのか? エルに夕飯のメニュー訊いただけ……だろ?


 俺がちょっとわからなかったというリアクションをしたら、城崎は鳩が豆鉄砲を食ったような顔を浮かべた。


「…………断定するには、まだ早いわ。高梨くんが低能すぎるだけじゃなくて、単にそういう法則なのかもしれない」


 城崎は何かをボソッと言った後、丸太の椅子を指さして、もう一度エルに質問した。


「Hey, Elle. Is this a chair?(ねぇ、エルさん。これは椅子かしら?)」


 突然、流暢な英語で話しかける城崎。


 だが、驚くのはここからだった。


「はい! それは椅子です!」


 エルが――英語に返した? 待てよ、エルだって英語を習っているかもしれないじゃないか! ……あれ? そもそも当たり前のように日本語を使っていたけど、それって……


 頭がパンクしそうだ。


「城崎! 今の現象を説明してくれ!」


 一方、城崎も俺と同じくらい驚いた。


「これは英語と認識したの!? このレベルじゃないとわからなかったってこと!? …………1回目も初歩レベルだったのに……あなた、本当に高校2年生?」


 城崎は驚愕を徐々に呆れに変換する。


「はぁ……説明するわ。この世界で私たちが話す言語は相手に理解できるように翻訳されて伝わるのよ。英語でも、フランス語でも、ドイツ語でも、どの言語を使っても同じように伝えることができるわ」


「なるほど、だから英語でも伝わったのか」


「私はメニューを伺ったときも英語で話していたのだけれど、あなたが英語の意味を理解できず日本語に翻訳されたのもいい例ね」


 ああー、それで城崎は呆れているのか。


「私が言いたいのは、こういった法則があるってこと。今までのはそれの証明。これからあなたに教える法則はもう少し有意義なものよ」


「ほうほう」


 お役立ち情報を貰えるらしい。西の洞窟にドラゴンに守られた宝箱があるのじゃ……とかかな?


「ある意味存在して当然の法則――『プレイヤー以外の人間はプレイヤーに対して過度なアドバイスができない』。過度なアドバイスの例としては過去のゲームに関する情報の共有などね。もしこの制限が無ければ、前回までのゲームを経験した人に質問するだけでゲームの傾向を容易に把握できてしまうわ」


「なるほどなるほど……。で、それがどう役立つんだ?」


「そこまで解説する義理は無いわ。自分で考えなさい」


 ケチなやつだ。しかし、そんな言論統制があるのか。


 ――言論統制? 何か引っかかるな。つい最近似たことで悩んでいた気がする……


「夕食ができました! どうぞ召し上がってください!」

 

 わぁい! ハンバーグだ! 俺は考えるのをやめた。




    ◇    ◇




「あなた……エルさんとお風呂に入っているの?」


 ジト目で俺を見据える城崎。夕食後風呂に入る流れになり、バレてしまった……


「べ、べべ、別にいいだろ!? 俺は女なんだぞ!」


「ふーん、そう。ところで――あなたの生前の話はエルさんにしたの?」


 キッと睨み、暗に元男だと話したのかと尋問される。


 動揺して目を泳がせると、城崎は一か月放置した三角コーナーを見るように蔑む。


「とうとう覗き魔に成り下がったのね。まあ、あなたならいつかやると思っていたのだけれど。安心して、地球に戻ったら私が警察に突き出してあげるわ」


「異世界でやったことを罪に問えるかよ! ノーカンだ!」


「ふぅん、罪という自覚はあるのね。だったら警察の代わりに私が今ここで制裁してあげてもいいわよ」


 腕を振り上げる城崎。これから久々の躾が始まろうとしている……ところにエルが割り込む。


「レイカさまも一緒にお風呂に入りませんか?」


 ナイスアシストだ! 俺はささっとエルの背後に逃げ込んだ。


「…………私は一人で入るわ。場所だけ教えて貰えれば十分よ」


 エルの穢れなき瞳に圧倒されたせいか、城崎はこれ以上追求してこなかった。憤怒した城崎を鎮めるなんて、エルは凄いな。


「そうですか……。わたしは三人で入りたかったです……」


 がっくりとうなだれるエル。


 うーむ、三人で温泉かぁ。エルと城崎、ほんわか系とクール系の巨乳美女に左右に挟み込まれるように密着し、温泉に浸かる自分を妄想する。


『ツバキさま、今日のおっぱい加減はいかがですか?』


『ちょっと高梨くん! エルさんばかりじゃなく、私のおっぱいも堪能しなさいよ』


 うん! 極上だな!


 鼻の下を伸ばしながら妄想している俺を無視して、城崎はエルに遠慮がちに答える。


「ごめんなさい。大勢でお風呂に入るのは苦手なの。先に二人で入ってきて」


 二人でって、エルと混浴することを認めてくれるのか!? 謎に思っていると城崎は目配せで俺に伝える。


『エルさんが楽しみにしているから、特別に今日は見逃してあげるわ』と言いたげだ。


 だったら遠慮なく入ってこよう。




    ◇    ◇




 風呂から上がり、ポカポカした身体で部屋に戻った。


 今日もいいお湯、いいおっぱいだった。


 城崎にはエルが温泉の場所を案内した。今は一人で入っているようだ。


 現在お風呂上がりのエルと二人きりで一つ屋根の下だ。もちろん何も起こらない。


「ツバキさまとレイカさまは仲睦まじいですよね!」


「俺とあいつがか?」


「そうです! よくスキンシップをとっているじゃないですか!」


 事情を知らないエルからしたら、そう感じるのか。スキンシップというか俺が殴られたり蹴られたりするだけなんだけど。


「ツバキさまとレイカさまはきっといいコンビになれますよ!」


 なれるだろうか? ……無理だな。城崎が俺と手を組むわけがない。


 城崎にとって俺は路傍の石……いや、それ以下だ。じゃあ俺にとって城崎は? 


 そんな意味のないことを考えていると、


 ――ガシャン! とガラスが割れたような高音が耳をつんざく。


「なんだ!?」


 咄嗟に視線を移したが、家の窓は割られていなかった。そもそもこの家の窓はガラスじゃなく開閉式の扉だ。


 だが、今のは明らかに環境音ではない。


 音が鳴ったのは温泉の方向。距離はあるが、ここは閑静な場所のため音源が温泉からでも聞こえる可能性はある。


 城崎に何かあったのか!?


 大急ぎで部屋を飛び出し、ついでに服を脱いでダッシュで向かう。


 周囲は暗闇だったが、温泉の方向に走るとすぐに灯りが視界に入った。城崎が使っていたランタンの光だ。


 その目印に向かって移動をすると――


 温泉から離れた位置で転がっている少女を発見した。


「城崎ッ!!」


 近寄り、容態を確認する。剥き出しの身体には強く叩きつけられたような跡が残っている。


「俺の声が聞こえるか!?」


 声をかけながら城崎の手を握った。…………冷たい、ここが寒冷地であることを差し引いても冷たすぎる。


「嘘……だろ?」


 その衝撃に集中する暇もなく、次なる衝動が俺を襲う。


 ガシャリ、ガシャリと金属が衝突する音が響く。ズンズンと大地が震える重低音が轟く。


「――バカなッ! どうしてこんなところに!?」




 圧倒的な質量を身に纏った黒甲冑の重騎士が、無作法に侵攻していた。

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