◯ビースト計画(プロジェクト)
サーバルが見せた強力な野生解放状態は、ビーストと名付けられた。野生解放よりも大きな力が出せるが、けものプラズムを一気に消費してしまうため、制御出来なければすぐに動物の姿に戻ってしまう。
フレンズは通常、いわゆる制御機能の働きによりこの様な状態にはならないが、今回のケースでは、サーバルがセルリアンに取り込まれた際にこれが失われ、ビースト化したのだろうと考えられた。
子供の一部を取り込んだからだろうか、事件の後、マジックショー会場に、セルリアンのコアが消滅せずに残っていた。
これをどうするのか、何度も話し合いが行われた。
危険性を考えるとすぐにでも破壊すべきだったが、これを傷付けることが出来たのはビースト化したサーバルだけだ。
彼女は先のセルリアンとの戦いで、サンドスターを使い果たし動物に戻ってしまっている。
こうなると記憶は失われてしまうため、たとえ再びフレンズになったとしても、ビースト化出来るのか分からなかった。
しかし他のフレンズとヒトの力では、どうする事も出来なかった。
残された手段は、人為的にフレンズをビースト化させ、その力でコアを破壊する事だった。
一連の計画は『ビースト計画(プロジェクト)』と名付けられた。
だが前例の無い試みで、途中で何が起こるか分からない。
仮にコアが破壊出来たとしても、そのフレンズは動物に戻ってしまう可能性が大きかった。
フレンズを危険に晒すくらいなら、コアはひとまず放置するべきとの意見も多かった。
そんな中、アムールトラは自ら志願した。彼女も他のフレンズと同様、野生解放すら行えない。しかし彼女には、みんなを守りたいという強い決意があった。これから起こりうる数々の危険を聞かされても、彼女の心は揺るがなかった。
こうしてビースト計画(プロジェクト)が始まった。
ジャングルの奥地に、研究者以外入ることの出来ないセルリアン研究所があった。この隔離された場所で、計画が進められる事となった。
記録されていたサーバルのデータを基に、様々な実験が行われた。
日を追うごとに、アムールトラは強い力を出せるようになっていった。感覚も鋭くなり、セルリアンや輝きの気配を敏感に察知出来るようになった。
その一方で、徐々にフレンズとしての特性が失われていった。
容姿が変化し、髪が伸び毛皮が生え変わった。
手は肥大化し巨大な爪が生え、野生動物を思わせる形になった。
物が掴めなくなり、四つん這いで走るようになった。
しだいに言葉を話せなくなり、意志の疎通が難しくなった。
また、戦いと食事と睡眠以外の事への関心が薄まった。
彼女を心配した研究者達が、何度も実験の中止を勧めた。
彼女の力になりたいと、危険を承知で計画への参加を申し出るフレンズも現れた。
しかしアムールトラは、「もう誰にも辛い思いをさせたくない」と言って、それらを頑に拒否した。その姿勢は、言葉を話せなくなっても変わらなかった。
彼女の強い意思を無下にする事は出来なかった。
情報は研究所内のみで共有され、慎重に計画は続けられた。
☆ラッキービースト
あの子が何度も研究所にやって来たが、アムールトラは面会を拒み続けた。
大切な友達を守れなかった不甲斐ない自分が許せない、という気持ちも確かにあった。だがそれ以上に、今あの子に会ってしまったら、決意が揺らいでしまいそうで怖かったのだ。
そんなアムールトラの寂しさを少しでも和らげようと、サポートロボットが導入された。青色で、膝くらいの高さの丸っこい体に、大きな耳と尻尾が生えている。足は短く、歩く時にポイポイと音が出る。毎日彼女の体調管理と記録を行い、簡単な会話も出来る。
彼女の安全と、計画(プロジェクト)成功の願いを込めて、『ラッキービースト』と名付けられたこのロボットは、のちに様々な機能が追加され、パークガイドとしてパークの各所に配備された。
その中の一体は、パークの危機を救うため、大活躍する事となる。
☆袋小路
しかし計画は行き詰まった。
アムールトラの状態が芳しくなかった。
実験の結果、彼女は自らの意思で、野生解放を経てビースト化出来るようになったが、度重なる実験で彼女の制御機能が弱まり、野生解放状態が解けなくなった。
力の制御が出来ず、ひんぱんにサンドスターを補給しないと、すぐにけものプラズムが尽きて動物に戻ってしまう。
加えて体に大きな負担がかかっているため、このままの状態が続けば、近いうちに死んでしまうかもしれなかった。
それを防ぐため、睡眠を促し緊張を和らげる機能がついた手枷が作られた。それをはめてからというもの、彼女は1日の大半を寝て過ごすようになった。
これにより、ある程度野生解放が抑えられ、体への負担が減った。だがそれでも、問題の根本的な解決には至らなかった。
もう一つ問題があった。セルリアンのコアは結晶化し、どんな攻撃も受け付けなくなっていた。たとえビースト化したアムールトラでも、破壊する事は不可能だった。
結晶が再び動き出すまで手が出せなかったが、それがいつ、どんな形で現れるのかは誰にも分からなかった。
数々のデータから、アムールトラの余命は◯年と推測された。
このままではこの計画は、彼女を犠牲にするだけで終わってしまうかもしれない。
だが仮に計画を中断したとしても、彼女の野生解放は止まらない。となると体が持たない。かと言って動物に戻ってしまうと、記憶が失われ、彼女の今までの努力が無になってしまう。
失われるのはビースト化だけではない。親しい友人や思い出、あるいは技術や性格といった、これまで生きてきた中での、彼女の全てが失われてしまうのだ。
また、セルリアンの結晶が残っている以上、他のフレンズが計画を引き継がねばならない。意志の疎通が難しいため確認する術が無いが、はたして彼女はこれを望むだろうか?
☆封印
やむなくアムールトラを休眠状態にし、セルリアンの結晶と一緒に隔離施設に封印する案が出された。サンドスターには状態を永久に保存する働きもあるため、理論上、休眠で野生解放を停止させれば、彼女はいつまでも眠り続け、死ぬ事はないとされていた。
非情な提案で、研究者達だけでは決められなかった。
今まで隠されていた事実も含めて、パーク中に情報が公表された。
これを聞いた誰もが反対し、大騒ぎになった。
「勇敢な彼女を、一人ぼっちにした挙句見捨てるのか」と、非難が殺到した。
何度も検討が重ねられたが、他に方法が見つからなかった。
こうしている間にも、彼女に残された時間は短くなってゆく。
苦渋の決断だったが、提案は受理され、アムールトラは結晶と共に封印される事になった。
隔離施設の建造が進められた。
アムールトラが眠った後も、施設への出入りを希望する声が多かったが、いつ結晶が動き出すか分からない。
彼女の世話は、施設内に設置されたコンピューターに託された。
彼女の様子を24時間カメラで見守り、手枷から送られて来るデータを基に、睡眠と体調の維持管理を自動的に行う。また結晶を常に
監視し、異変を察知したら、すぐさま彼女を目覚めさせるようプログラムが施された。
これで、結晶に動きがあった時には、彼女は長い眠りから目覚め、セルリアンを倒してくれるだろう。
彼女が眠っている間に、何か別の危機が起こるかもしれない。
そんな時に彼女を守ってくれるようにと、頑丈な檻も用意された。
だがセルリアンを倒した後、はたしてパークに彼女の居場所は有るのか?という問題が残されていた。
彼女が目覚めると同時に施設のロックは解除され、封印が解けるようになっていた。だが、その時パークはどうなっているのだろう?強大な力を得た代償にフレンズとしての特性を失った彼女を、受け入れてくれるのだろうか?
フレンズとヒトとが話し合い、『どんな事があっても、私達は決してアムールトラを忘れない』という結論が出た。
フレンズ達は、毎日彼女の事を話題にするようにした。
ヒトは、彼女との思い出を出来るだけたくさん集め、映像や文章で保存した。
それらはマジックショーが行われるはずだった会場に集められた。会場は彼女の記念館になった。
研究所でも、数々の実験データだけでなく、彼女の身の回りを記した日記が多数保存された。
研究者達は施設が完成するまでの間、体の状態や計画の推移などを、彼女に何度も細かく説明した。いったいどれだけ通じているのかは分からなかったが、彼女は黙って聞いていた。
アムールトラは、もう言葉を理解する事は出来なかったが、最近の緊迫した雰囲気から状況を察する事は出来た。体の状態が悪い事、計画が良くない方向に向かっている事、それを少しでも良くしようと、パークのみんなが自分のために頑張ってくれている事などを感じ取っていた。
月日が流れ、サバンナの一画に隔離施設が完成し、セルリアンの結晶が運び込まれた。
ついにその日がやって来た。パークのみんなが、アムールトラにお別れをするために施設に集まった。
久しぶりに会った彼女は、厳つい手枷をはめて、全身からけものプラズムを放出させながら暗い顔をしていた。
アムールトラは、檻の前でみんなを見回した。
悲しげな顔が並んでいる中に、涙を堪えながらこちらを見ているあの子を見つけた。彼女は、彼に申し訳なさそうな笑顔を向けた。
アムールトラが檻に入ると、コンピューターが作動した。檻の扉が閉まり、手枷から睡眠を促す信号が送られて来た。彼女はあくびをしてゴロンと横になった。まぶたがだんだんと重くなってゆく。
意識が無くなる直前、最後に目に映ったのは、泣いているあの子の顔だった。
それを見て、彼女は唇を『ごめんね。』と動かした。
彼女のまぶたが完全に閉じて、規則正しい寝息が聞こえてきた。
するとようやく、けものプラズムの放出が止まった。
フレンズ達は、一人ぼっちが嫌いなアムールトラが少しでも寂しくないようにと、彼女の周りにフレンズを模したぬいぐるみを飾った。その中には、あの大きなクマのぬいぐるみもあった。
これには、“目が覚めたらみんなでお祝いしようね”という気持ちが込められていた。
あの子は目に涙を浮かべながら、思い出の品のスケッチブックを彼女のそばにそっと置いた。そして声を震わせながらこう言った。
あの子「起きたらまた一緒に遊んでね。絶対、絶対だよ!」
最後に、そこにいたみんなで歌を歌った。それは大昔、パークを
作った神様が住人達に送った言葉だ、と言われていた。
綺麗で悲しい、けれど希望が感じられる、そんな歌だった。
歌詞には『決してあなたを忘れない』というメッセージが込められていた。
とうとうお別れが終わり、みんなが俯きながら施設の外に出ていった。そして扉がゆっくりと閉ざされた。
カチャン…というロックの音と共に、施設は封印された。
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