第40話 灼熱の決断
突然現れた男――
だがその窮地を、対立関係にあったはずの
二人の様子を見て、界李は苦笑を浮かべた。
「あれあれ? 君は、どちらの味方なのかな? ミドガルズオルムの面々は、君が守ろうとしている
言葉だけは親しげだが、その薄皮一枚下には悪意しか感じなかった。
その証拠に、界李は会話のついでといった気安さで、
水姫はいずれも、冴香を守ったときと同じように、膨れあがった爆炎を即座にかき消して守り抜いた。
だが、鬼火斗や清十郎の場合は
それだけ相手の技が強力なのだろうか。
「水姫……」
昴は心配しながら見守ることしかできなかったが、その視線を感じたのか、水姫は顔だけで振り返ってニコリと笑みを浮かべた。
「少し複雑な技なので防ぎづらいですが、大丈夫です」
心配しているのは水姫自身のことで、先程よりもさらに辛そうで、額には脂汗が浮かんでいた。
「朽木君!」
そこに
「こういう状況で、私の言葉がどこまで届くかはわからないが、その男のことだけは信じてはいけない。彼、鵺堂界李が元はドイツ支部のメンバーだったと言っただろう? 何故現役メンバーではないかと言えば、彼自身がドイツ支部を壊滅させたからなのだよ」
涼音を巡って対立してはいたが、直感的にその言葉は本当のことだと感じる。
幽月の言葉がすんなり飲み込めるほど、底知れない憎悪のようなものを、界李から感じるからだ。
元、と聞き、彼の言動から除名されたぐらいのことは予想していたが、まさか所属していた組織その物を壊滅させていたとは想像もできなかった。
だからといって、幽月達と力を合わせてこの場を切り抜けるという選択肢も選びづらい。
ここを切り抜けたとして、即座にまた涼音を巡る争奪戦が再開するだろう。
水姫が味方をしてくれてはいたが、状況は不利だった。
単に界李を追い返すだけでは、自分の首を絞めることにしかならないからだ。
「ヒドいな、人のことを血も涙もない化け物みたいな言い方をして……。それを言うなら、あの計画を行っていたドイツ支部の方がよっぽど非道な集団じゃないか。そうだろ?」
気まぐれのように幽月を爆破する。
それも水姫が防ぎ、熱風が幽月の髪を揺らしただけに終わった。
「やれやれ、醜悪な偽物が、我が物顔で力を振るうか……」
界李は攻撃を防いだ水姫を睨む。
だがその視線には、これまでとは比べものにならない殺気が込められていた。
サングラスの奥が怪しげな光を発したように見えた直後、これまでにないほどの強烈な爆発が水姫を襲う。
それも、三連続で。
「うくっ!?」
水姫はこの攻撃をどうにか受けきるが、熱風があたりに吹き荒れ、彼女のワンピースの裾を揺らした。
「ふぅ、ふぅ、ふぅ……」
「はははは、たった数発防いだだけでそれか!? さっそくボロが出はじめたな、偽物がっ!」
さらに爆破。
爆破、
爆破、
爆破、
水姫は完全な防戦一方に押しやられ、界李は好き放題に爆発をばらまいた。
威力は比べものにならないが、戯れのように冴香やアンジェリカなど、無関係な人間を狙う。
水姫はそれらへの対処も一手に引き受けていたため、余計に追い詰められていく。
この場には、水姫以外の誰も、この爆破に対応する力を持った者はいないのだろう。全員が金縛りになったように動けなくなっていた。
迂闊に動けば、その動きを把握しなければならないだけ水姫に余計な負担を強いる結果になるからだ。
「てめぇ、この俺様を無視するんじゃねぇっ!」
だが、水姫に守られるという状況に甘んじることができなかったのか、鬼火斗がシビレを切らして走り出した。
「だめっ!」
水姫が思わずといった様子で声を上げる。
界李は唇の端で小さく笑い、無闇に突出した鬼火斗を的確に撃ち抜いた。
「があぁっ!?」
眼前に生じた爆発が、鬼火斗を弾き飛ばし倉庫の壁に叩きつけた。
今のは明らかに鬼火斗の愚行だが、それでも水姫は悔しげに唇を噛む。
派手に吹き飛ばされた鬼火斗は、どうにか自力で起き上がろうとしていた。ただ、脳震盪でも起こしているのかその動きは緩慢だ。
完全に防げはしなかったが、それでも水姫が爆発の威力を少しは押さえ込んだのか、
それとも鬼火斗が起動した〈精霊器〉が肉体を強化していたためなのかはわからないが、ひとまず命の危険はないらしい。
「ほら、他人に気を取られている余裕はないはずだろ、紛い物」
言いながら、界李は再び水姫を睨み爆破を再開した。
「さっきから、水姫のことを偽物とか、紛い物とか、なんだあいつは……!」
「昴様、わたくしのことはお気になさらず。どうにか、どうにか隙を作りますから涼音さんとアンジーを連れて脱出――くぅっ!?」
爆発の威力がさらに膨れあがり、水姫がよろめく。
見れば、充血した目から血の涙が滲み出し、したたり落ちる。
真紅の滴は、彼女の純白のワンピースに落ち、一つ、二つと赤いシミを広げていった。
もう、水姫が限界に来ているのは明らかだ。
「ほらほら、そんなものか? 所詮そんなものか、お前の力はっ!?」
高笑いを浮かべながら、界李は次々と爆撃していく。
水姫はとうとう耐えきれずに崩れ落ち、それでも地面に両手を突いて必死に体を支えている。
「うぅ、くぅ………」
苦悶の声を上げながらも、浴びせかけられる爆発から自分の身も、対立していたはずの人間の身も、全てを守り続けていた。
「朽木昴!」
幽月に呼びかけられ、昴はそちらを見る。
「頼めた義理ではないが、娘を頼む」
言いながら、手にしていた手帳――〈
「させるかよ」
その手帳がなんなのかを知っているのか、界李は即座に宙を舞っていたそれを爆破する。
既に息も絶え絶えで、余力など残っていなかったのだろう水姫は地面に蹲って動けなくなっていた。
爆発が、〈聖なる泉〉を直撃する。
見る見ると膨れあがる火球が、炸裂した。
「うわっ!?」
昴は思わず腕で顔を庇って目を背ける。
倉庫内が、熱風と閃光の渦で埋め尽くされた。倉庫全体が軋みを上げ、いくつかの窓が全て吹き飛ぶ。
何発か炸裂したら、こんな倉庫はあっさりと崩壊してしまうだろう。
今までの界李の攻撃が全てがこの威力だったのだとしたら、水姫は昴が想像していた以上に献身的に全員を守ってくれていたことになる。
これほどの爆発に晒されれば、あんな手帳など一溜まりもないのではないだろうか――そんな懸念を抱いた昴の目の前に、それは、最初に力を発揮したときのように平然と浮遊していた。
自らを使え、とでも言いたげに浮かび上がる手帳に向けて昴が手を伸ばすと、〈聖なる泉〉は再び自ら封を解き光の紙片を中空に解き放った。
しかし――と昴は躊躇する。
鬼火斗と相対したとき、確かに〈聖なる泉〉は彼の攻撃を一切通さなかった。
それでも虚を突かれる形で、昴は鬼火斗に敗北した。
本当に世界を変える力があるのかどうかはわからないが、少なくとも昴がその力を十二分に使いこなせているとは思えない。
水姫と同じように、この場の全員を守る自信などなかった。
「……昴様」
目の前で地面に蹲っていた水姫が苦しそうにしながらも、声を上げた。
「水姫!」
歩み寄って助け起こす。
両目から、ポタポタと血涙がしたたり落ちるが、彼女は自分の体を顧みることなく昴を見て笑みを浮かべようとする。
その試みは、あまり成功しない。
苦しげな表情は隠しきれず、汗に濡れた髪が額に張りつき、顔色は病人のように蒼白になっていた。
それでも彼女は、息が乱れたまま、最後の力を振り絞るようにして昴に語りかける。
「……昴様、ご自身のことだけ考えてください。〈聖なる泉〉は、その気になればわたくしの力など歯牙にもかけないほどの能力を持っているのです。それは単なる道具ではなく、あなた様の分身。自分の手足を扱うように、ご自分を守ることだけを考えて下さい」
「自分のことだけって……」
幽月は明らかに、限界の水姫の代わりを昴が努めることを望んでいるようだった。
「他の方達は、わたくしが自分の命に代えてでも――」
水姫は、いまだに自分がとっくに限界を超えていることを認めようともしない。
大人しそうに見える彼女の、意外なほどガンコな一面に、昴は少しだけ腹が立った。
彼女になのか、それとも状況に至ってなお、庇われているだけの自分になのかはわからなかったが。
「の、望めば必ず〈聖なる泉〉は応えてくれます……」
震えながらもまだ立ち上がろうとする水姫の肩を押さえる。
「わかったから、もう力は使うな! 僕が、僕がやってみるから!」
自信はない。
それでも、〈ワールドエンド〉で自分の役割を果たして光を失っていながら、昴を守るという誓いを果たそうとしてくれている水姫を見殺しにできるはずなどなかった。
そうして昴は、水姫の前に出て鵺堂界李と対峙するのであった。
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