第37話 負けちゃだめだよ?
「……ねえミランダ? 何これ?」
きょとんと首を傾げるレーシェ。
メールの題名とミランダ事務長の顔を何度か見比べながら。
「都市ライブって?」
「都市ツアーですよ。有名歌手が世界中をまわってコンサートをしたりするのと同じです。
「なんで?」
「……レーシェ様には実感わきませんか。撃破困難な神にゲームで勝利した使徒は、一躍、世界中から英雄視されるんですよ。大注目です」
モニター画面をちらりと見やって、ミランダ事務長が苦笑い。
「我がルイン支部の巨神像は予約で一杯ですが、他の都市ならすぐにでもダイヴできるところもあるはずです」
「え? じゃあそこ行く!」
「……即答されるのは寂しいですね」
「なんで?」
「だってこれ、要するに引き抜きなんですよ」
事務長が端末を操作。
モニターに映った三つ目の映像は……
「あ、これフェイさんたちのゲームですよね。
パールが画面を指さした。
「あたしも視聴してました。この都市の人はみんな
「そう。竜神レオレーシェ様とフェイ君の電撃参戦と聞いて、この
「……事務長さん、目が怖いです」
「おっとごめんよ。パール君を睨むつもりはなかったんだけど」
ミランダ事務長が大きく溜息。
「君たちが参加するゲームの
フェイたち三人は、ルイン支部の所属である。
三人の寮や給料を出しているのもルイン支部。いわば雇用主である。
にもかかわらず――
フェイたちが人気になるや、美味しい果実をかっ攫おうと他の都市から勧誘があった。それが今回の遠征ライブというわけだ。
「ああなるほど。ミランダ事務長からすれば、そりゃ良い感情にはならないか」
「だろ? 支部同士の親交を深めるっていう名目はわかるんだけどねぇ……だから内々で、私としては断ろうと思ってたわけ。でもレーシェ様が駄々をこねるからさ」
レーシェは、今すぐ神々の遊びに挑みたい。
そのためにはダイブできる巨神像が要る。だがルイン支部の巨神像は予約で一杯だから、他都市の空いてる巨神像からダイブするしかない。
……でもルイン支部の心情としては、それがあまり好ましくないわけだ。
……高視聴率のチームを奪われたってことになるから。
神秘法院の各支部は、「神々の遊び」に挑む仲間でありライバルという関係なのだろう。
「……しょうがないか」
過去最大の溜息をついて、ミランダ事務長が腕組みしてみせた。
「都市ツアーの件、承諾しておきますよレーシェ様。巨神像の空いてる支部に遠征すれば、すぐにでも神々の遊びにダイブできます」
「ホント!? やったぁ!」
「そうやって喜ばれると、我が支部としては悲しいですが。さておきパール君、ちょいと両手出してみて。掌が上になるように」
「? こうですか」
言われるままパールが両手を差しだした。
その両手の掌に刻まれているのは、入れ墨にも似た赤と青の刻印だ。
右手――赤色で、「Ⅱ」に似た刻印。
左手――青色で、「Ⅰ」に似た刻印。
これこそが「神々の遊び」の成績表。
右手が勝利数で、左手が敗北数。
パールならば二勝一敗のため、右手が「Ⅱ」で左手が「Ⅰ」になっている。
「ほんとだ! ねえねえフェイ、わたしも右手に何かできてる!?」
レーシェが好奇心旺盛そうに目を輝かせた。
その右手にはパールと同じく「Ⅱ」が刻まれている。が……
「あれ? でもわたし左の掌には何もないよ?」
「そりゃレーシェが一敗もしてないゼロだからだろ。俺もそうだし」
そう応じるフェイの両手は――
右手は「Ⅴ」。左手は無し。
すなわち神々を相手にした五勝〇敗という意味だ。
「……圧巻だよね。特にフェイ君の」
フェイの右手を一瞥し、ミランダ事務長が半分呆れたように。
「その『Ⅴ』って数字。神秘法院の支部一つにつき一人いるかいないかの数字だよ。ま、私は〇敗っていう方がとんでもないって思うけども」
「出来すぎですよ」
「……ところでフェイ君。昔のことだけど、私が紅茶とケーキをごちそうしたの覚えてる?」
「もちろんです」
まだ新入りの頃だ。
このビルにある食堂を貸し切って、緊張まっただ中のフェイや他の新人たちに親睦会という行事が開かれたことがある。
「あの時のケーキ、どうだった?」
「美味しかったですよ普通に」
「最高だったよね」
「? え……ま、まあ。最高だったかというと記憶が曖昧ですが、美味しかったっていうのは漠然と覚えてるかな」
「そう! つまりそういうことだよ!」
どういうことでしょう?
フェイがそう突っ込むより早く、事務長にガシッと肩を掴まれた。
「フェイ君! 君は、新入りの頃から我が支部によって手塩にかけて育てられてきた。恩義があるわけだ。そうだね!」
「……は、はい……」
「君はまさかウチの支部を裏切らないよねぇ? 遠征ツアーが終わった後も、向こうの支部の方が給料がいいから移籍しますとか、そんな仁義に反することは間違っても言わないよね。ルイン支部が一番だもんねぇ?」
「怖っ!?」
「ねえフェイ君」
「い、いや大丈夫ですよ事務長……はい……」
気づけば。
フェイはいつの間にか、執務室の隅っこに追い詰められていた。
「だってすぐ予約すれば、この支部の巨神像も一月後には順番待ちが来るんですよね……それなら遠征ツアーも一月で切り上げて戻ってきますから」
「ふむ。その通りだ」
ようやく真顔に戻った事務長。
と思いきや、机から何かの用紙を取りだして。
「では念のため誓約書にそうサインして」
「どんだけ心配性ですか!? 誓約書なんか書かなくてもちゃんと戻ってきますってば!」
こうして遠征ツアーの開催決定。
フェイ、竜神レーシェ、パールの三人チーム(チーム名称未決定)による、他都市でのゲーム参加が行われることに。
と、そんな中で。
「あのぉ……」
おずおずと手を挙げたのはパールだ。
「あたしたち他都市に行くんですよね? 事務長、さっき沢山の都市からお話があったって言ってた気がします」
「うん。今のところ世界各地、二十一箇所の神秘法院支部から来てるね」
「どこに行けばいいんです?」
遠征期間は一月きり。
神秘法院の支部は各都市に一つあるのだが、依頼のあった都市すべてを回るのは時間の限界があるだろう。
「一か月って、行くにしてもせいぜい二つか三つですよね。どうやって決めましょう? フェイさんは行きたいところありますか?」
「サイコロで決めよう」
「真面目にやってください!?」
怒られた。
「ちなみにレーシェさん、要望は?」
「ルーレットで決める?」
「事務長さん、何か名案はないですか?」
「んー、ダーツ投げて的にあたったとこで良くない?」
「みんな適当過ぎです!?」
最終的にはダーツで決定。
ダーツボードと呼ばれる円形の的に矢を投げる
ちなみにフェイは狙った的をまず外さない。
狙った都市をほぼ百発百中で選べてしまうので「都市選び」という観点では公平性に欠ける。レーシェも同じである。
「ダーツが下手な方が良さそうね」
「パール、俺らの代わりに投げてくれ」
「……何かいまいち釈然としませんが、わかりました。都市ツアーを選ぶというこの名誉、あたしパールが引き受けましょう!」
パールが矢を構えた。
執務室の壁に掛けられたダーツボードを、真剣極まりない表情で睨みつける。
「はい。こっちも準備できたよ」
そのダーツボードのエリアごとに、事務長が小さな付箋を貼っていく。
聖泉都市マル=ラ支部。
火山都市ボーダンラ支部
海洋都市フィッシャーラ支部など。
計二十一の付箋をボードに貼付。あとはパールの矢が、その行き先を決めるのみ。
「さあパール君、好きなところをどうぞ」
「はい!」
「全力ね。初心者さんはボードに矢が刺さらないから」
「全力で投げます!」
パールが矢を思いきり振りかぶる。
ちなみに投げ方からして間違っているのだが、フェイがそれを指摘する間もなく――
「ん? パール、その投げ方は――」
「ほあちゃあっ!」
気合いの入ったパールの全力投擲。
サクッ、と。
その矢が射貫いたものはダーツボード――ではなく。その隣にかけてあった、ミランダ事務長の肖像画だった。
事務長の就任祝いで画家に書かせた、超お気に入りの逸品である。
そんなミランダの肖像画のちょうど額に、ダーツの大穴が。
「…………私の肖像画」
「…………あ」
「いい度胸だパール君」
「……あ、あの……違うんです……これは……」
「気が変わったよ。やはり私が矢を投げることにしよう」
ギラリと。
眼鏡の奥で、務長の目が爛々と輝いた。
「そしてダーツの的は君だ。人間ダーツの的になるといい」
「嫌ですぅぅっぅぅっっ!?」
「その人一倍大きくて柔らかそうな胸は、さぞかし矢の刺さりもいいだろうね!」
「誰か助けてぇぇぇっっ!?」
部屋の中を駈け出すパールと、そのパールめがけて矢を構える事務長。
そんな二人を横目に。
「……俺、投げよっかな」
フェイが目をつむって投げた矢が、ボードに刺さった。
聖泉都市マル=ラ。
そう書かれた付箋のエリアへ。
「事務長、ここでいいですか?」
「ん? ああマル=ラね。いいんじゃない。ウチからも近いし」
ミランダが振り向いた。
部屋の隅まで追い詰めたパールを、ちらりと横目に追いながら。
「一昨年だけど、そこに優秀な
「へえ。どんな使徒です?」
「さあねえ。でも加入したて早々にマル=ラ支部の筆頭に最有力に躍り出たらしいから、ゲームの腕は確かなんじゃない?」
くるくると。
人差し指の上で矢を器用に回転させながら、事務長はにやりと口の端を吊り上げた。
「ちなみにフェイ君、支部同士の交流会の意味わかってる?」
「え?」
「負けちゃだめだよ?」
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