第864話-1 彼女は軽騎兵を出迎える
モラン公城館からリリアルに戻るついでに、通り道と言う事もあり王太子宮を訪問。近衛連隊中隊長であるモラン公子ヴォルトが指揮する軽騎兵中隊とリリアル騎士団が合同演習をし、遠征時の連携を高めると伝えると、王太子はいつもの腹黒スマイルで「必要だな。命令書を出しておこう」と答えた。
モラン公からヴォルトへの命令は正式な命令というよりも、家長からその子への私的な命令であり、個人であれば従わねばならないが、近衛連隊の中隊長が従わなければならないかと言えばそれは「否」であると言えるだろう。
これが、王国元帥であり王太子からの『命令書』を伴うものであれば、軍幹部・所属の近衛連隊長を始めとする連隊首脳から正式な命令が出て配下の中隊隊員ともども従わざるを得ない。
「若手から二十人か」
「全部をいきなり変えることは不平や抵抗を生みますので。索敵・捜索担当は戦闘に直接つながらないので軽視されていると思いますから、梃入れするには最も効果的かと考えます」
王太子も『領軍』『郷土兵』を主体とする大規模な軍を動員する際、実際の戦闘に至る過程を優位にするための工夫が重要であるという認識はある。一日に十キロ程度しか移動できない軍を率いるのであるから、敵の位置や戦力、戦場とするに有利な場所を事前に確認する手段を有する方が有利になるということは理解している。
城塞や都市を包囲し、その包囲を解除する為に軍を派遣したりするにしても、相手が包囲を解き、あるいは占領した城塞・都市を出てこちらを待ち伏せることも確認できているか否かで奇襲に繋がる場合もある。軍の耳目となる戦力は大軍であるほど重要になる。
その昔、山国矛槍兵に帝国の騎士達が散々に打ち破られた戦いも、騎馬突撃に向いていない山間の斜面での迎撃を受けたからであり、事前にその場所が把握出来ていたならば、下馬し待伏せ場所を包囲し時間をかけて殲滅する事も出来たであろう。
「副伯にも命令書を出しておこう」
「謹んで、拝領いたします」
内容は『教育する軽騎兵をリリアルの冒険者程度に魔力の扱いに熟達した魔装兵に仕上げること』と記してある。彼女は「ちょっと無理では」と内心思いつつ、恭しくその場を退いたのである。
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朝食の時間を終える少し前、学院の門衛当番のリリアル生から「来ました」との連絡。外に出ると、下馬した二十名ほどの騎兵が馬の轡を取り雑然と並んでいる。
「ようこそリリアル学院に」
「……今日からお世話になります。近衛連隊軽騎兵中隊・中隊長を拝命しておりますヴォルト・ド・モランであります!!」
先日会った際の崩れた口調とは打って変わり、正式な命令書を受領してここに来ているので、畏まった様子が少々薬が効きすぎたかと彼女は考える。
「私は王国副元帥・リリアル副伯です。ご挨拶の前に先ずは、騎乗してきた馬を騎士団駐屯地にお預けください。学院にはニ十頭の馬を世話する場所も設備もありませんので。既に、王太子殿下から騎士団経由で伝達されておりますので、責任者にご挨拶して預けてきてください」
「しょ、承知シマシタ。おい、行くぞ!!」
来て早々、馬首を返して学院から騎士団駐屯地へと向かう軽騎兵。その間に、今日の訓練担当となる学院生がいつもの装備で表に出てくる。
「来たわね」
「だ、大丈夫でしょうか?」
「一発バシッと言ってやれば大丈夫だよ!!
伯姪と黒目黒髪、そして赤毛娘。彼女の他に茶目栗毛と灰目藍髪の六名。それに薬師組四名も補助要員で加わる。冒険者組の魔力量多い者は参考にならないのでローテーションでいつもの仕事を回している。
「さて、どのくらいの事が出来るのか、確認からね」
「ここでやるんですか?」
補助要員に一人、藍目水髪が質問する。
「いいえ、修練場まで移動するわ」
「移動!! 馬車ですか!!」
「ふふ、あなた達はね」
「「「「あー」」」」
補助要員は魔装荷馬車で、そして彼女と冒険者組は『走って』いくということになる。身体強化とどの程度持続できるかの確認。修練場であれば二十人程度鍛錬しても問題ないだろう。すぐ外はワスティンの森であり、奥へ行けば減ったとはいえ魔物も出ないわけではない。
ぞろぞろと戻ってきた二十人が再び中庭に並ぶ。
「今日はこの後、ワスティンの森の入口にある修練場まで走って移動します。これは身体強化の持続能力を確認するとともに、軽騎兵の必要能力である索敵と情報伝達の際、乗馬を失うあるいは馬では不可能な場合の任務達成のため必要な能力を確認するものです」
ZAWAZAWAZAWA……
騎兵が下馬して走って任務を遂行する訓練など、栄えある近衛連隊で経験したことが無いのだろう。戸惑い、隣の者と顔を見合わせる。
DANN!!
「貴様ら!! 何を戸惑っておるのか!! 貴様らは王国元帥であらせられる王太子殿下直々の命令により、このリリアル学院でぇ!! 魔術の理解を深め!! 後日の作戦に生かす為の術を身に着けに来たぁ!!違うかぁ!!!!」
魔力を込めた大声で叱責するのは……一歩前に出たちんまい赤毛の少女。
「なっ」
「お、お前……」
「私は、国王陛下からタラスクス討伐の功により直々に王国騎士を拝命した騎士アンナであるぅ!! 今日からぁ、お前らがぁ一人前の魔装兵になるまで、教官をぉ務めるぅことにぃなるぅ!!」
「「「「「なん……」」」」
ちんまい少女の言葉に驚く顔を隠せない二十と一名に、赤毛娘は言葉を続ける。
「貴様らに許されるのはぁ!! 『はいよろこんで!!』と『ウィ・マダァムゥ!!』だけだぁ!! わかったか!!」
「「「……」」」
「返事は!!」
「「「ウィ・マダァム」」」
「声が小さいぃ!! 玉ついてんのかぁ!!」
「「「ウィ・マッダァムゥ!!!!」」」
背後を確認する赤毛娘。はぁやれやれといった顔の彼女と、サムズアップの伯姪。そして、鷹揚に頷く灰目藍髪。「あ、あれれ、これでいいのかなぁ?」と戸惑う黒目黒髪教官。
「お前らはこれからぁ!! ワスティンの修練場までぇ!! 走るぅ!!」
赤毛娘は「行くぞ!!」とばかりに学院を飛び出していく。それに続くのは黒目黒髪と伯姪。
「付いていきなさい。鍛錬開始です」
「「「「……」」」」
「王太子……『行くぞ!! 全員身体強化をして教官に続けぇ!!』」
「「「お、おう!!」」」
既にリリアル前の道から駐屯地の前を抜け、街道に出ている赤毛娘たちを慌てて追いかけ始めるヴォルト隊長と軽騎兵隊員たち。
「魔装馬車組は、脱落者を拾って最後尾をゆっくりワスティンまで進んで頂戴」
「「「「はいよろこんで!!」」」」
「ふふ。では、私たちは列の最後尾を追走しましょう」
残っていた彼女と茶目栗毛、灰目藍髪は軽く流す雰囲気で……爆走しはじめた。いや、身体強化をして走るのはリリアルでは基本技能。ワスティンの森までそのペースであれば三十分ほどで到着する、はず、なのである。
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