第759話-2 彼女は『神国』について語らう
貿易の盛んな北部諸州を失い、ネデルの収入は大量の軍の駐留費や富裕層の海外逃亡など含めて大いにマイナスとなるだろう。また破産しかねない。
「神国本国が健在なら、そう簡単に行き詰まることもあるまい」
「神国は世襲の国王で、異教徒との戦いを五百年も続けた筋金入りの戦闘国家。騎士や兵士の割合も王国の三四倍はいる。平民騎士は当然だし、騎士も大した領地を持っておらんから、子供たちは冒険商人になる他、神国軍や軍船乗りになる他ない。あの国では、未だに聖征時代の行動がそのまま続いていると言っても良い」
五百年前と言えばまさに聖征が始まった時代。教皇庁主導の聖王国への聖征は二百年余りで頓挫したのだが、その後もずっと神国は自国領土内で聖征を続けていた。すべての聖王国へ派兵していた聖騎士団が向かったわけではないが、解散させられた修道騎士団の騎士達の多くは、神国の聖騎士団に吸収されたとも言われる。
「それじゃ、話が合わないのは当然ねお爺様」
「まあ、異教徒との戦いや海賊討伐なら協力は出来る。だが、あ奴らは最終的に神国国王あるいは王家による世界の統一しか興味がない。先ずは同じ国王を持つ領地を神国の支配下に置き、その周辺の国へも勢力を広げようとしている。ようは、世界中を御神子教徒の国にし、それを成し遂げる事こそ自分たちの使命だと考えておるわけだ」
そう考えると、ネデルの次に狙われるのは連合王国。もしくは、ネデルを完全制圧する為に原神子信徒という共通点のある連合王国を先に倒し神国の勢力下におくことを優先する可能性が高い。
北部諸侯の反乱、あるいは北王国への支援はその辺りを考えてのこと。ネデルでの抵抗は継続してもらいたいが、こちらにあまりに注目されると連合王国が危険となる。
「王国は似て非なるもの。かえって憎まれているかもしれませんね」
「そうだな。豊かな国土、発展している都市と商業、サラセンを追い払った大王の業績、教皇庁の支持、人口は神国本土の二倍。最大のライバルは皇帝を除けば王国であろうな」
法国戦争の時代、神国が西大山脈を越えてギュイエ大公領へ侵入したことがある。とはいえ、山越の進撃路では補給も難しく大軍を派遣することもできなかったため、幾つかの国境線の要塞を攻略して停止。法国戦争の終了とともに神国とも和平を結んでいる。
正面切っての戦争は不利と判断したのだろう、神国は連合王国に対する北部諸侯のような存在を王国内で探している。隣接する領地ではなく、敬虔な御神子教徒を神国与党へと誘い、王国内の原神子信徒を攻撃させようとしている。
これに対して、既に王命で「宗派の違いを理由に他者を攻撃する者・勢力は反逆罪と見做す」と告知されており、中々行動に移せていないようなのだが、王家の枝葉の公爵家がその御先棒を担ごうとしていると姉に彼女は聞いている。
「ネデルのことは、我等共々他人事ではない。陰に日向にオラン公一派を支援しなければ、こちらに剣先が向きかねぬ」
「そうですね。リリアルもオラン公家とは少々関わりがありますので、無下にするつもりはありません」
「魔導船は渡せないけど、力くらいは貸せるかもね」
オラン公に魔導船など、虎に翼のようなもの。あまり強くなりすぎる事も問題になるので、それはそれである。
「いざという時に、逃げる先が選べるというのは悪くないな」
そういえば、オラン公は妻を無くして独身になっているのではなかったか。女王陛下と年齢的に釣り合わないではないが、ネデルの君主を王配に迎えるというのは、神国を刺激し過ぎると側近たちを含め周りが許さないと思われる。
神国談議がしばらく続いたのち、女王は改めて話を始める。
「率直に言おう。神国は王女を王妃として送り込み、少なからぬ援助をしてくれた過去がある。同盟を結び、王国を共に攻めたこともある。故に、王国とは敵対することは容易だが、神国とは……難しいという面もある」
国力の差が同じ程度であれば、仇敵である王国よりも神国と手を結ぶ事の方が容易であるというのが、連合王国の在り方なのだと女王は語る。
「然様。王国とは、何度も戦争をしているのだ。百年戦争の時代以前も、英雄王が戦死したり、その弟王が王国内の王領を次々失い、そういったしてやられたという気持ちも貴族の間では特に強いと言えるだろう」
セシルが女王に同意し、過去の話をし始める。それなら、敵視するのは王国であるはずだ。
「ふふ、面白いことをおっしゃいますねセシル卿。何故、強盗が、強盗に入られた家人が恨む事を恐れるのでしょう。それは当然。襲われたのは王国であり、襲ったのはこの国の王と唆された諸侯と騎士達ではありませんか。条約を結んだとはいえ、奪った物を返しただけの話。幾百の街や村が破壊され、どれだけの民が殺され奪われたか。その事もお忘れなのでしたら、陛下の側近を辞された方が宜しいのでは?」
「……」
「王都は十五年も占領されておりましたの。その間、どれだけ迷惑であったか。王都の護り手である我が子爵家の記録でもお聞かせしましょうか」
『おう、任せて置け。俺が諳んじてやる』
『魔剣』は書庫に残されている記録はほぼ網羅している。歩く書庫……いや話す書庫と言っても良い。
「ビルよ。こちらの負けだ。我等は加害者の子孫、そちらは被害者の子孫。立場は弁えよ。それを踏まえて、王国と連合王国はともに神国と対峙し、神国の世界征服……統一であろうか、それをネデルから阻止するということになるのであろう」
「……は。分を弁えず失礼しました、リリアル閣下」
彼女は無言で首を横に振る。言葉にして赦すつもりはないが、女王の言葉にこれからの関係構築を是としたのである。
「しかし、一度王国を中から見てみたいものだ。近衛連隊を始め、常備の軍を有し、諸侯の軍の助けを借りることなく国を守る。なにやら『魔導騎士』という特別な戦力もあるとか。仮に、リンデに配置するなら、どの程度の数が
必要だろうか」
魔導騎士は拠点防衛戦力なので、リンデを守る為に配置するのはおかしなことではない。外周数キロの都市であるから、恐らく、一個中隊十二基もあれば十分ではないかと彼女は考えるのである。
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