第758話-2 彼女は『王公論』について女王と語らう

 様々なデコルテのついた『衣装』から、簡素とも言える衣服に着替えた女王。彼女らも用意されていた衣服へと着替える。


「ふむ、思っていた通りに合う。どうだ、明日から侍女として仕えぬか」

「残念ですが、既に仕える主を得ております」

「同じく」

「それは、それは」


 はははと快活に笑う女王。本来は、こうした性格であるようだ。貴婦人というよりは男勝りとでも言えば良いのだろうか。


「遠乗りも共にしてみたかったな。妖精騎士殿」

「では、次の機会に」

「そうか。次があるのか」


 リリアルにとって王都とリンデは船なら二日程度の距離。帝国遠征に比べてもさほど苦になることはない。海上は天候さえ問題なければ、周囲に気を使う必要も少なく、夜通し交代で進めばあっという間でもある。


 問題は、簡単に入国できるかどうかということであるのだが。


「そうだ。こんなものを用意した」

「……これは」


 何やら女王陛下の印章の入った羊皮紙である。彼女は押し頂くと断って中身を確認する。


「名誉……『聖蒼帯騎士団せいそうたい』に任ずる」

「え」

「お二人の分も用意してある。これに」


 ビロードの敷物に乗せられた二つの羊皮紙。彼女だけではなく、伯姪とジジマッチョの分も用意されていた。


聖蒼帯騎士団せいそうたい』またはブルーリボンと呼ばれる連合王国における国王の側近集団を意味する騎士団。初代団長はあの『黒王子』である。今同席しているビル・セシル卿も女王の即位時から任ぜられているという。


 百年戦争期に創設され、『悪意を抱く者に災いを』をもっとうとする。所属人員は国王と王太子+定数24人、国王により任命される。第一位は王太子が務めることになる。これは、百年戦争期の『黒王子』が創設時の構成員であった事に起因する。また、王族男子、宰相もこれに加わる。


 父王時代、女性には女王以外騎士団に所属させないと条文化されたのだが。


「今回のもろもろの功績に対する感謝の印だ」

「……なるほど」


 ノルド公の反乱討伐、賢者学院の防衛、北部諸侯反乱鎮圧への助力。他国の貴族とはいえ、女王の治世への貢献は報いなければ君主としての沽券にかかわる。


「本来は、年金など与えるのだが、名誉だけで済まぬ」

「いえ。名誉だけで十分です」

「お心遣いに感謝いたします陛下」

「冥途の土産に良い者を戴いた。感謝するぞリズよ」

「……はい。ジジ様……」


 ジジマッチョにだけは女王の反応が異なるのはもはやデフォ。


 セシル卿から、どのような特典があるのかツラツラト述べられる。与えられる徽章を示す事で、事前の断わりなく女王との面会・謁見を優先することができる事。また、王宮への滞在の無限許可。


「身分としては聖蒼帯騎士に叙任された場合、騎士爵ではなく男爵位相当と見做される」


 騎士が貴族と見做されないこの国において、郷紳層が『聖蒼帯騎士』に任ぜられることには意味がある。通常、終身の身分であるから『一代男爵』として扱われる事になるのだ。ジジマッチョも彼女もとくに必要としないのだが、紋章騎士である伯姪は、若干この国での扱いが良くなるかもしれない。


「こうしたものを勝手に受けても良いのでしょうか」


 彼女はジジマッチョに確認する。仕える国は王国、その国王に騎士に任ぜられ今の彼女がある。


「二君にまみえるということではない。それに、他国の君主から評価される騎士を持つというのは君主としての誉れ。良い臣下を持ったと公に褒められるようなものだ。安心して受けるといい」

「そちらの国王には断りの手紙を送っている。承諾なしの事後にはなるがな」


 女王陛下も今回の訪問でリリアルが為したことの感謝の報告と、『聖蒼帯騎士』に任じたことを伝えてくれるのだ。王宮へ帰国の挨拶をする際には、事前に手紙が届いていると助かるのだが。


 因みに、このような名誉ある騎士団には今一つ『聖紅帯騎士団せいこうたい』・レッドリボンと称される存在があるが、こちらは戦功を示した郷紳層に与える騎士称号で、王の側近といった要素はない。


 また、北王国もこれに対抗し『聖碧帯騎士団せいへきたい』騎士団・グリーンリボンという称号を創設したとも聞く。王国には星騎士団という者が過去存在したが……善愚王が『聖蒼帯』に対抗して作ったので即廃れた。当然か。


「ニコル書簡の中には、法国戦争のことも書かれているな。ジジ様は参戦されたのか」


 ジジマッチョの現役時代の前半はまさに法国戦争真っ最中。とはいえ、巨人王の父親の時代に始まったミラン公国の相続をめぐる争いに端を発したものであった。


 南都経由で数万の大軍を率いミランを占領した王国軍であったが、その後の統治に失敗している。何故なら、北法国の諸侯は教皇庁の勢力に対抗する為王国を盟主として選んだにもかかわらず、王国はその後教皇庁と手を結んでしまった。


 これでは、北部の諸侯が王国に従う理由が無くなる。そこを帝国に突かれ、王国がミランと北部諸侯の支持を失う事となった。


 その巻き返し策がサボア公国の親族化政策にあるということだ。祖父と父親のしりぬぐいを息子が二代に渡りおこなうという事になる。聖エゼル騎士団の復興もその一環であり、教皇庁との結びつきを軸に王国の直接影響下に帝国に付いた諸侯を切り崩すことになる。


 今は落ち着いているものの、原神子信徒と教皇庁・教会の関係はいつ武力衝突に発展するかわからない。その期に、再び北部法国への浸透を拡大する為に、南都を中心とする王領の再編を進めたのだ。姉の代でノーブル伯領を与え、ニース領との関係を軸にサボアを支援する。さらに、『聖エゼル王国騎士団』をノーブル伯旗下で再建し、第二のリリアルとする計画も進行中であると聞く。


「あれは、王が悪い。戦略の失敗を戦術で補う事が出来ぬ」

「堂々の王家批判ねお爺様」

「無論だ。ニース辺境伯家は王の臣下ではあるが同盟者でもある。根っからの臣下にはできぬ苦言を呈するのもわが家の仕事の一つだ」


 にかッと笑うジジマッチョ。長きにわたり戦場に、統治に尽力した辺境伯の苦言を無視することは王も王太子もできない。耳に痛いことを聞き入れないような王侯貴族はやがて周りから見捨てられるものなのだ。

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